第8話 自白と告白
「今から1年前・・あの男と私の妹が付き合い始めたのが、全ての始まりだった」
小倉さんはさっきより体を持ち上げて、殺人の動機を語りだした。
拭いきれていない悲壮感を纏いながら。
「お付き合いの経験が無いあの子は、とても喜んでいたわ・・あの男が、裏の顔を、本性を見せるまでは」
裏の顔、本性、という表現に値する被害者の性格で早期するのは『お金にルーズ』という点だ。
「何年もあんな人間だったからでしょうね・・誤魔化すのがとても上手だった。気付けば、妹は大金を貢いでいた」
徐々に小倉さんから薄い笑いが漏れ出したが、誰も止めない。いや、止められない。
小倉さんも止まらない。
「私は意を決して直接言いに行ったわ。もう金を借りないでくれ、と。そしたらあいつは、笑って答えた」
小倉さんは目をほぼ限界まで見開くと、抑えていた怒号が爆発する。
「『あいつが喜んで貸してるんだから、別に構わないでしょう?』ってね!事実、妹は『付き合っていたらこんなことはよくあるだろう』って納得していた・・。あの子の純粋な優しさを、あいつは私利私欲の為に利用していた!そのことが許せなかった・・!」
残酷な過去に、私たちは聞き入ることしか出来なかった。
きっと、永遠に封じ込めたい現実だろうに、それでも小倉さんは淡々《たんたん》と、殺意を添えて話し続ける。
「そこまで知った以上、私は妹に別れるよう進言したかった。でも、そんなの妹が受け入れるわけがない。だから、せめてお金を貸すのはやめてほしいと頼んだ。そしたら、割と素直に受け入れてくれたわ。そして本当に貸さなかった。そしたら・・!」
地面に手を突いて、両手を強く握り締める。
弾けるように上半身を持ち上げ、声を張り上げた。
無念さを瞳に宿しながら。
「逆ギレしたのよ!しかも、その勢いで別れたの!あの子は絶望したのか、私に電話して、こう言ったの。『心が締め付けられて、どうにかなってしまいそうだ』って・・。相当パニックになっていたのが、電話越しに伝わったわ・・・」
善良だと思って勧めた行動が、結果として自分の妹を苦しめた。小倉さんは決して悪くないが、その事実が彼女を縛り上げているのだろう。
「・・自分の善意を、彼の悪意に利用されたことを知ったあの子の行動は早かった。その次にあの子と会ったのは・・・病院の、1室だった」
「私のせいで」と言いたげな小倉さんは、頬に雫を垂らしていた。
「車道に飛び出して、重症を負ったわ。今も意識不明で寝ている・・・。その時、私の中で生まれたのは2つ、『妹への遺憾』と『小河への憤怒』が思考を染めた。そのごちゃまぜの感情が、私に復讐を決意させた・・」
聞いてるこちらにも、その話は非情な悪夢としか思えなかった。
「そんな中、あの男が店に定期的に来ていることに気づいた。そして、ずっと復讐の機会を狙っていた時、あいつの癖を発見して、この計画を立てた。すべては、妹をあんな境遇に追いやった男の死を目の前で見届けるため・・!」
愛していた妹を苦悩の底へ叩き落とした男への復讐。
運命的な会遇によって引き起こされた悲劇は、犯人の心痛な自白で幕を下ろした。
※※※
手を突いて項垂れる小倉さんは、刑事さんに促されて立ち上がると、私に顔を向けて、
「こんな先輩で、ごめん・・」
私は、出せる答えを持ち合わせていなかった。ただ俯き、口を噤むだけ。
目を合わせることもなく、小倉さんは歩き出した。
飯間刑事が「行くぞ」と声を掛けて肩に手を添えると、数歩のところで足を止め、白澤くんに向き直った。
「・・最後に1つだけ教えてくれ。私と真希をずっと自由行動させてたのって、この場に私を参加させるためだったんだろ?いつから私のことを疑っていた?」
最初で最後の小倉さんからの質問に、白澤くんは静かに答える。
冷酷な無表情を塗り込んだ顔で。
「最初、被害者が倒れた直後から、既にあんたには特に疑いの目を向けてた」
その言葉に、私の思考は再び停止する。
「「・・・・は?」」
私と小倉さんの100点満点にハモった声に白澤くんは一切触れることなく、説明を展開する。
「オレが倒れた被害者に触れた時、体の状態からアルカリ性薬品誤飲による呼吸障害だと判断した。そして、傍にいた店員であるあんたに『牛乳を持ってきてほしい』と頼んだな。そしたら、オレの言葉に対してすぐに『分かった』と言って牛乳を取りに行った」
さすがに全てはっきりは忘れたものの、そんな感じではあったはず。
その何がおかしいのかサッパリ分からない。
「あの状況では、オレ以外の誰もが『食中毒』や『アレルギー』などを疑った。普通なら、そこで『何故、牛乳が必要なのか』と疑問を持って、質問したり動きが止まったりするはず・・しかし、あんたはオレの言葉に一切躊躇しなかった。あんな反応になるのは、彼が漂白剤を飲んだこと、そして漂白剤誤飲時の応急処置が牛乳を飲ませること、この2つを知っている人物だけ・・そうだろ?」
・・・。
その告白の内容は、欠片も違和感が無く、だからこそ異常に感じられた。
小倉さんは、口を閉じることが出来ずに目を丸くしていたが、しばらくしてフッと笑いを漏らした。
「恐ろしい高校生だな・・色々な不運が重なったけど、1番の不運は君たちがいたことか・・・」
もはや呆れながら薄く笑った小倉さんは、それを最後に刑事さんに連行されていった。
私は、最後まで言葉が出なかった。