第7話 私の理由
容赦ない急展開に、頭が真っ白になってきた。
私の耳がおかしくなければ、間違いなく白澤くんは小倉さんを犯人として名指したはず・・。
「今回の事件で容疑者になる条件は、被害者のコップに近づくために正当な理由がある人物のみ。それは、同席していた2人と、接客をしていた2人の店員さんのみ。店長さんに伺ったところ、今日は体調不良者が偶然にも重なり、接客できる店員さんが2人しかいないとか。間違いないですね?」
白澤くんの問いに小倉さんは答えない。それどころか、体がピクリとも動かない。
しかし、白澤くんは小倉さんからの返答を聞かずに話を続ける。
「その2人の内、被害者のいるテーブルを接客していたのはあなただけでした。その理由を・・君から教えてもらいましょう」
その言葉と共に私へ振り返る。
突然の質問に動悸が治まらないが、真っ白になった思考をフル回転させて言語化する。
「・・あ、あなたたち探偵部の3人が、私と同じ色沢高校の生徒だと気付いたので、その、わ、私のことを知られたくなくて・・そのため、3人とその周辺の接客は、小倉さんに全てお任せしました・・」
白澤くんは落ち着いた声で「ありがとう」と労ってくれたが、質問に無事答えた今も心臓の鼓動が落ち着く気配は全く無い。
想像以上に呂律が回らず、過呼吸になるくらい、息が荒くなってきた。
だって・・この証言をすれば、私も小倉さんを追い詰めることになるのだから。
「僕たちのテーブルは、被害者がいたテーブルの隣でしたので、当然このテーブルも該当します。監視カメラも、あなただけが接客している姿をバッチリ捉えていました」
この短時間で今日被害者たちが来店してからの様子を全て見たらしい。本当に何もかも計画して行動しないと、そんなことは不可能だ。
「そう、あなたには2つの誤算があった。1つは、自分をカモフラージュするため被害者に接客させるはずの他の店員さんが殆ど休んでしまったこと。もう1つは、唯一の救いであるもう1人の店員が彼らを一切接客しないこと。この2つにより、被害者と接客する店員さんはあなただけとなり、故に確実に特定できました」
ゆっくり後ろを見ると、小倉さんは俯いたまま奥歯を噛み締めていた。
悔しさなのか、諦めなのか、その両方なのか、今の表情からは本音が見えない。
空気が重くなる中、白澤くんは「しかし」と微苦笑して、
「なさけない話ですが、今までの推理はすべて状況証拠からの推測に過ぎません。あなたがコップにカプセルを入れる瞬間などは映っていませんでした。きっと死角で行ったんでしょう。なので我々は、完璧な証拠が欲しかった。というわけで、あなたにはここへ来てもらいました」
完璧な証拠、とはつまり、絶対に小倉さんが犯人だと断言できる証拠ということだろうか。
白澤くんの言葉を黙って聞いていたおかげで、その声色の変化を感じられた。
「ポケットの中、見せてください」
明らかに声のトーンが低くなった。怨念を込めたかのような、感情を逆なでする低音だ。
ここまで顕著に変動したのは、彼と会って初めてだと思う。
すると直後、小倉さんはハッと顔を上げたかと思えば、震えながら1歩後退りをした。
「・・・え?」
しかし2歩目は叶わず、代わりに間抜けな声が聞こえた。
それは、いつの間にか小倉さんの後ろにいた緑橋さんに緩くぶつかったからだ。
手袋をつけた緑橋さんは、小倉さんが唖然としてるのも構わずポケットに手を突っ込む。
そしてポケットから取り出したのは——手の平サイズのチャック付きビニル袋だ。
小倉さんはゆっくりと振り返り、緑橋さんの手に乗っている袋を見ると、目を見開いて息を飲む。そして、膝から崩れ落ちた。
「犯人がカプセルを使用した理由は、さっきも話した通り『誤って漂白剤が手に付着するのを防ぐため』です。しかし、ポケットなどにカプセルを入れておいて、万が一割れたりして中身が溢れたら本末転倒ですよね。そこで犯人は恐らく、そのカプセルをさらに袋に入れて持ち運び、もし割れても手に付着しないようにした、と考えました。そして、その袋はカプセル混入後すぐどこかに捨てられたことも予想がつきました」
そこまではさっき緑橋さんに聞いた通りだ。
その話を聞いていた瞬間、隣には小倉さんがいた。
「そこで、犯人であるあなたにその袋の捜索を依頼しました。まさか自分が疑われていると思っていないあなたなら、僕たちがそこまで予想していると知った以上、すぐに捨てた袋を回収して、隠滅するため肌身離さず持ち歩く、と容易に想像できました」
そして緑橋さんから袋を受け取ると白澤くんはしゃがんで、それを小倉さんの顔の前に摘み上げ、、
「この袋からカプセル剤の成分とあなたの指紋が検出されれば確固たる証拠になります。・・・その様子だと、調べるまでも無い気がしますけど」
小倉さんは地面に手を突いて蹲ってしまった。
諦めの末なのだろうか、動かないまま、今まで聞いたことのないどす黒い声が静寂を破った。
「あの男が・・妹を、あんな目に遭わせた、あの男が悪いのよ・・!」