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序章 悪魔の誕生
息が切れることを無視して少年はただ走っていた。
廊下の窓からは月光が薄く、しかし存在感を強く示しながら差し込む。
目的のドアに着き、ドアノブを捻ると、鈍い音と共にその先の景色が映った。
蒼白のカーテン、壁に掛けられた純金の額縁と美麗な風景画。そして窓枠の向こうで輝く満月。
普通ならそのどれかに目が行くはずなのに、少年にとってそれらはただの背景に過ぎない。
少年の意識を占領するのはーーー男の死体。
血溜まりの上に浮かぶ顔、閉じられた瞳が、その男の運命を示していた。
「・・・・ぁぁ、あぁ、あ、ぁぁぁぁ」
発したい言葉が、示したい意思が、喉から漏れる音で全て有耶無耶になるのを感じ、脳内で無秩序に叫ぶ。
10歳の少年にとって、その場面は衝撃と恐怖でしか無いのにも関わらず、目が離せなくなっていた。
「・・と」
呼びたいのに、
「・・とう」
返事して欲しいのに、
「・・・・さん」
もう声は、届かない。
「———殺す」
崩壊する景色の中、少年は冷酷に呟いた。
「犯人、殺す。絶対に殺す」
――少年の純真無垢な心に、人非ざる悪魔が誕生した瞬間だった。