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【第三回】地の文コンテスト ~獏~

【獏】 大切な〇〇 べいっち

著者:N高等学校「文芸とライトノベル作家の会」所属 べいっち

「眠い」

「気のせい⋯⋯じゃないかな」


 返事をした僕は、布団で寝ながら窓の外を眺める。


 鼻から吸う空気が冷たい。

 ⋯⋯それもそうだな。まだ夜は明けていないんだし。


 だけどもうじき水平線から空が明るくなって、太陽が昇るはずだ。


「でも僕は、確かに眠いんだよ」 

「気のせいだよ」

「そう、かなぁ⋯⋯」

「⋯⋯うん」


 気のせいだ気のせいだ。眠いなんて言っていたらそのうち寝てしまう。


 なんのためにここまで起きてたんだ。朝日を見るためじゃないのか? 寝てしまえば見られないじゃないか。


 それに最近は寝つきが悪いのか、よく(うな)されているだろ?


 寝たら悪夢を見るかもしれないんだ。

 それなら起きて、僕と喋っていたほうが、ずっと楽しいよ。


「でも、眠くて眠くて。仕方ないんだ」

「気のせいさ、気にすることなんてないよ」

「だって、眠いのになんだか寒いんだ」

「大丈夫、大丈夫だから」


 夜明け前は冷えるからね。

 ⋯⋯ほら、僕が抱きしめてあげるから。

 だからもうちょっと。もうちょっとだけ起きて――。


「――足が震えて前に動かないし」


 っ。⋯⋯そ、そんなに冷えちゃったのか?

 ⋯⋯⋯⋯なんだ、朝日を見るために外に出たかったのか。


「ほら、支えてあげるから。外に――」

「頭が。ぼうっとするんだ」


 な、なに言ってるんだよ。風邪でもひいちゃったのか?

 もしそうなら、今日は病院に行かないといけないね。


「きっと平気さ、君なら」


 そうだろ?

 君は病気になったことなんて一度もないし、様子がおかしいからって病院に連れていったら演技してるだけですって言われたこともあったじゃないか。


 だから今回だって、きっと――。


「――もうダメだよ、僕。もう君と遊べない」

「そんなことない!」


 ⋯⋯そんな、深刻な顔。しないでくれよ。

 ⋯⋯認めたくないんだよ、僕は。


「君、昨日までピンピンしてたじゃないか⋯⋯!」


 君の腕を握り、縋るように揺らす。


「何回も困らせちゃったね」

「そんなこと⋯⋯そんなことっ⋯⋯」


 困ったことはあったけど、振り返れば全部思い出になるんだ。

 だから君は、なにも負い目を感じることなんてないんだよ。僕は全然気にしてなんかないんだ⋯⋯!


 すると、今までされるがままだった君の腕が(わず)かに動き、僕の手を振り払うように動かした。


「⋯⋯昨日逃げ回ってたのはね、君と一緒に居たくなくて」

「なんで君はそう⋯⋯今、そういうことを言うんだよ⋯⋯」

「でも君、泥んこになりがなら僕のこと見つけてくれちゃってさ」

「⋯⋯」


 ⋯⋯そりゃあ、家族が帰ってこなかったら探しに行くよ。当たり前だよ、当たり前だろ!?


「いつものかくれんぼの延長だと思ってくれればよかったのになぁ」


 かくれんぼなら僕が見つけるまで帰れないじゃないか。

 だから見つけるまで必死に探すよ。泥だらけになろうが関係ないんだ。


 ――それに。


「なんか昨日は、嫌な予感が。したんだ」


 気のせいならよかった。


「予感的中じゃないか⋯⋯!」


 昨日だけじゃない。

 ずっと嫌な予感⋯⋯いや、嫌な予告をされていたから。


 お医者さんから、もう長くないって言われて。

 お父さんお母さんからは、お別れする準備をしときなさいって言われて。


 頭の片隅でわかっていても、無理だと理解していても。


 漠然と、『ずっと一緒に暮らす』と、思っていた。


 だってそうだろ。

 僕の一番の親友なのに。家族なのに⋯⋯っ!


「君は⋯⋯君は、なんでそう――」


 ――早く死んでしまうんだよ⋯⋯。


 僕と同じように生きて、一緒に遊んで。

 僕が寂しいとき、辛いとき。

 君がそばにいて、ただ撫でられてくれればそれでいいのに⋯⋯それすらできなくなるなんて、僕は耐えられないよ⋯⋯。


 じんわりと目に涙が溜まり、泣きそうになってしまう。

 すると君は、涙目になりながらも、僕を安心させるかのように微笑んだ。


「ありがと。今まで楽しかったよ」


 ――それは、子を見守る母親のような、優しさに溢れた笑みだった。


 その笑みに浄化されるように、僕の中に渦巻いていた青黒く重たい感情が軽くなる。


 そうだ⋯⋯いつまでも子どものままでいられるわけではないんだ。

 僕に手本を見せてくれていた先生はもう、いなくなってしまうから。


「⋯⋯僕も、僕も。『ミケ』と一緒にいられて、楽しかった⋯⋯!」


 ミケは物心ついたときから一緒に暮らしていた『家族』であり、いつも遊んでくれた『親友』であり、豊かな感情を教えてくれた『先生』だ。


 そして最後の最後まで、『別れるときは笑顔で』と、教えてくれている。


 涙が(こぼ)れ落ちながら、腕の中に収まるミケを抱きしめ、僕は今までのありがとうを念じた。


 涙でうまく見えない視界に映るミケは泣いていて、その光景が、映像で記録されていく。


 この光景は忘れてはいけない。忘れたくない。思い出したくないと思ってはいけない。この気持ちを忘れてはいけない。


 ミケが教えてくれる感情は、全部忘れてはいけないものばかりだ。


 そうだろミケ。君は教えてくれてるんだろ? 自分の身をもって、僕に命の尊さを教えようとしてるんだろ?

 そんなことしないでほしいって、ホントは言いたいさ。言いたいけど、でも、ミケがいなくても大丈夫だってところを見せなくちゃいけないから。


 ⋯⋯ミケのおかげで少しだけ大人に近づけた気がするよ。


 ――ミケ、本当にありがとう。今まで、僕のそばにいてくれて。ずっとずっと。楽しかったよ。


 その気持ちを受け取ったのか、ミケは残り僅かな気力を使い、たった一言――。


「みゃーお」


 と、(つぶや)いた。その(あと)――。


 ――ミケの力が抜け、息を引き取ったのを、体感した。





 力が抜け、腕に重さが伝わってくると同時に、ミケが逝ってしまったことを悟った。


 命が亡くなる瞬間を。身をもって体感した。


 不思議と泣きわめくことはなかった。

 ただただ悲しい。しくしくと涙が零れた。


「⋯⋯冷たい」


 体温がなくなって温もりが冷めていく。


「おやすみ」


 涙がまだ止まらないうちに、朝日が水平線の向こうから顔を出した。

 徐々に空が明るくなり、ミケの顔がはっきりと見えるようになる。


「いい夢を見られるように」


 ミケの顔はとても安らかで、本当に眠るように息を引き取っていた。


 ⋯⋯ミケ。僕は、(せい)ある限り、君を忘れたりしないよ。


 天国でもどうか安らかに。


 君がもう、悪夢に(うな)されることがないように――。


「――僕が、ずっと(ミケ)の獏になってあげる」

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