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淀む白い朝

 あまりに対照的で、にわかには同一の物と信じられない程の変貌を遂げていた。

 一面の白。窓の外を支配するのは、疑いようのないほど純粋な白色。半日前にはペンキでベタ塗にしたほうがまだ景色らしく見えるほど黒一色だったのだから、変化としてはこれほど極端なものもない。

 ただし白以外には何も見えず、夜の闇と同様にそれが窓であるという判別は相変わらずつけにくくなっていた。光が差し込んでいる分、わずかに判りやすくはなっているだろうか。

 外は積雪でもしているのか。そう疑いたくなるが、集った人々にそこの『外』の記憶はない。それが単純に忘れているだけなのか、その場所の持つ作用なのかは不明だ。

 一つ確定しているのは、そこが『外』と隔離されているということ。

 やりとりされている物の非現実的要素を考えれば、むしろ当然のことといえた。



 四人が一堂に会するのは初対面の時以来だった。場所は同じく、リビングのような部屋のテーブル。

 各々バラバラに目を覚ました四人は何か行動を起こす気にもなれず、適度にそれぞれの部屋で時間をつぶしていた。その時、薬の男が召集をかけてきたのだ。

 理由は大したことではない。朝食の準備をしたから集まるように、という一文で全員が納得して集まっていた。バンダナの男は多少の食料を持ってきていたが、薬の男の「身柄を預かってる身だからな、食事の準備は義務だろ」という言葉に矛盾はなかった。

 つまり四人が席についているのは食事をとるためなのだ。

 だが彼らは、それぞれ微妙な顔つきをして固まっていた。

「……あー、その」

 四人の正面に座る薬の男が口を開いたが、四人に行動を起こしそうな気配はない。

「いや、俺なりに頑張ったつもりなんだけどな」

「……それは、まあ分かる」

 バンダナの男がようやく反応を示した。表情は相変わらずだが。

 ハムエッグ。目玉焼きに薄切りのハムを乗せただけの粗末なものに、炒り卵が添えられている。色合いのためらしい皿の隅のパセリとバスケットのクロワッサンを合わせると、それがメニューのすべてだ。

 単調なテーブルや部屋の色の中で、それらの食料は輝いていると比喩できるほどに彩度豊かである、はずだったのだが。

「故意でないのは伝わるからな、善戦の跡から」

 皿の上の卵とハムには、昨夜の名残と思しき黒色が繁殖していた。

 四人の前にあるそれらはものによって黒の度合いが異なっており、眼鏡の女に出されている物が一番黒の面積が大きい。そこから横に行くにつれて度合いが減っていくのだが、末尾のバンダナの男の物は、逆に火が通りきっていない。乗せたハムが白っぽくなり始めている白身の中を自由遊泳していた。

「……ホントにすまない」

 心からの謝罪を繰り返す薬の男に、不満を告げるものは現れなかった。




「まだ口の中が苦いわ」

 ロングヘアの女が眉をひそめながら口元を押さえる。彼女の朝食は比較的黒の割合が低かったのだが、それでも後を引く苦味の辛さは変わらない。

「私のなんて真っ黒でしたよ……もう一個って言われたら全力で拒否します」

 眼鏡の女も同意する。こちらは誰よりもその苦痛を大量に味わっているので、言葉の持つ重みも格が違う。そしてその味が口の中にわだかまっているのか、少し口周りを動かして清掃を試みているようだった。

 静かな部屋の中は、不思議と昨夜のような殺伐とした雰囲気がない。二人は意識していないのだが、朝食のインパクトによってそれがかき消されている。失敗した料理を食べさせられたという共通の苦難が、一時的ながらも懊悩を和らげているらしかった。

「まさか昼食もおんなじような代物だったりするのかしら」

「……そうでないことを祈りましょう」

 それぞれお互いの目をちらりと見て、含み笑いをして見せた。

「あの男には悪いけど、私が台所に立とうかしら」

「お手伝いしましょうか? 私も彼ほど下手じゃないと思いますし」

 そんなことを言いながら、今度は分かりやすくくすくすと笑いあう。

 そしてその噂に誘われたのか、部屋の扉が軽いノックの音を立てた。

「おーい、ちょっといいか?」

「あら?」

 薬の男の声。朝食の時のような平謝りの調子ではなく、前日のような軽い雰囲気を纏ったある意味彼らしい様子だ。

「ちょっと出てきますね」

「聞いてたりしたかしら」

「どうでしょうね」

 苦笑しつつ、眼鏡の女が歩いていって扉を開けた。

「あ、やあ」

「どうかしましたか?」

 男は底の知れない奇妙な笑顔を見せていたが、不気味な気配は感じられない。それも小さめに開いた扉の隙間越しの判断なので絶対とも言い切れないが、余り警戒する必要性もなさそうだ。

 少しずつ開いていくと、男が片手に盆を持っているのが映った。乗っているのは二つのカップとティーポット。

「口直し」

 持っている物への視線に気づいたのか、男が短く言い放った。



 ゆっくりとカップに注がれる茶色の液体と、それに合わせて一気に広がる紅茶の香り。ほのかにレモンのような酸味が混じり、その香りだけでも心が落ち着いていく。注いでいく際のわずかに聞こえる音も二人の期待感をいやでも引き上げた。

 彼が自ら進んで注いでいるのは罪の意識のせいかもしれない。

「注いでくれるのは嬉しいんだけど、そう簡単に女性の部屋に入ってくるのも感心できることじゃないわよ」

 ロングヘアの女はまだ彼への警戒を解いておらず、言葉にも棘が多い。

「あ、そうだな……それはすまない、気が利かなかった」

 そして男のほうは、やはりどこか調子の狂うような態度で返してくるのだ。

 眼鏡の女には、彼が何かほかの理由があってここに来たように映っていた。

「あの……」

「まあちょっと待て。朝飯の件はホントに面目ないと思ってるし、だからこそこうやって紅茶を持ってきたわけなんだが」

「紅茶の味は大丈夫かしら?」

「いくら俺でも市販のティーバッグで奇想天外な味は出せないよ」

 眼鏡の女の言葉は、意識したかのように見事につぶされてしまった。そのまま押しつけるようにカップを渡され、眼鏡の女も一旦言及を諦めてその紅茶に口をつけた。

「ん」

 香りから想像できた酸味と、程よい渋味。確かに市販以上の味にはなっていないが、決して朝食のような悲惨な結果にはなっていなかった。

「おいしい、ですね」

「ええそうね……なぜだか悔しいわ」

 同じく一口飲んだらしいロングヘアの女も同意する。それを聞いた男のほうは、判り易く大げさに胸をなでおろして見せた。

「そりゃあよかった。これまで失敗してたら、もう俺の面子は丸つぶれだったからなぁ」

「……そういえば、あなたは紅茶飲まないのね」

 カップは二つしかなかった。持ってきた男が、そもそも飲む気がなかったと捉えるのが妥当だろう。

「ま、俺に口直しは必要ないからな」

「アンタはあれを食べなかったのかしら」

「いや、食べ慣れてるんだ」 

 男の苦笑いには、進歩しない自信の料理の腕前への嘲りが含まれているのかもしれない。

 再びロングヘアの女がカップを口に運ぶ。それで会話に一呼吸の間が生まれ、一瞬だけだが場が静まりかえる。

「とりあえず、紅茶はありがとう。だから早めに退室願いたいわね」

「うーん、まあそうするべきなんだろうけど」

 言葉を濁す男。そこで眼鏡の女が、ようやく訊きそびれていた本題を切り出した。

「あの……あなたがここに来たのって、私たちに紅茶を渡すためじゃないでしょう」

「お」

 そこで男が表情を変えた。きっかけを見つけられたかのような表情だった。

「紅茶を持ってきたのは、あまり怪しまれずに部屋に入るため。あるいは警戒を解くため。違いますか?」

「おお、御名答」

「……聞いてる限りだと、アンタが変質者にしか思えなくなってくるわ」

「ひどいな」

 苦笑しつつも、男は懐から何かを取り出した。

 それは小さなカード。定期入れだが、入っているものは写真のようだ。

 それを見た途端、ロングヘアの女の表情が百八十度変わった。

 ズボンのポケットを焦ったようにまさぐりまわし、その一連の動作が終わったかと思うと泣きそうな表情になって男を睨みつけた。

「……な、なんでアンタがそれを!」

「いや、昨日リビングで落ちてるのを見つけてな……多分アンタのだろうって思って」

 すさまじい勢いで男から写真をひったくると、それを自分のポケットに差しこんだ。すっぽりと収まり、もうそこに何か入っているとは判らない。

 しかし、一度見られてしまうとしばらくの追及は必然の物となってしまう。

「それ、彼氏か誰か?」

「……ええ、そうよ」

 横にいる眼鏡の女をやや意識しながら、その質問に肯定で返す。眼鏡の女がそれに反応し、写真の入ったポケットのほうへと視線を送る。ロングヘアの女はその視線に気づき、しぶしぶながらもしまった写真を取り出して彼女に見せた。

「これが、昨日話してくださった方ですか?」

「ええ」

 答えながらロングヘアの女は、男のほうへ鋭い視線を送っている。

 何か暴露されることを恐れるかのように。

「……その男って、たしか」

「……!」

 口を開いた男に、ロングヘアの女の殺気に満ちたオーラが差し向けられる。眼鏡の女だけがわけのわからないといった様子でそのやりとりを傍観している。

「あの、どうかしたんですか?」

「……」

 二人とも黙る。男のほうは、ロングヘアの女に意見を求めているらしい。

「この人のために不老不死になりたいって言ってた人ですよね? 何かあったんですか? 何か知ってるんですか?」

「……知ってるんだろ? アンタは」

「……ええ」

 男の質問に、嫌そうに肯定を示す。

「え? え?」

「……俺も、この男の事を知ってるんだよ」

「多分、あなたも知ってるんじゃないかしら」

「……えーっと」

 こめかみを押さえる眼鏡の女に対し、男のほうから言葉がつづられる。

「俺はテレビで見ただけだけどな。この間にあったじゃないか、ボートの転覆事故」

 一呼吸の間が空く。

「その男……こいつの彼氏は、もう死んでるんだよ」

 ロングヘアの女が、やりきれない様子で俯いてしまった。

 お久しぶりです。

 どのくらいの人が待っていてくれたのか、やっと次話投稿できました。が、これからも模試とか多いので更新が不定期になってしまう気がします、重ねてすみません。

 受験生ってこんなに忙しいんですね……知りませんでした。

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