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不死を望むモノたち

 部屋の中に置かれていたのは、二組のベッドとイス、小さめのテーブル。その上にはランプが置いてあり、やや広く感じられる部屋の中を煌々と照らしだしている。見たところ、先ほど薬を見せられた部屋のものと同じ型の物のようだ。

 古めかしい木張りの床。歩く度に小さくきしむ音が聞こえるが、いきなり底が抜けるようなことはさすがにないだろう。

「汚い部屋ね」

 ロングヘアの女が顔をしかめて呟いた。

「そうですね。でも、部屋を貸してくれるだけありがたいですよね」

「あいつの掌で踊らされるのはごめんだわ」

 眼鏡の女が笑いかけたが、ロングヘアの女は彼女と顔も合わせようとせず、ずかずかと奥のベッドまで進んでそこに座ってしまった。

 ベッドは部屋の様子ほど傷んでおらず、適度な弾力を持って座った女の体を受け止める。シーツもしっかりと洗濯されているのか、汚れはおろか使い古した様子も全く見えない。

 無論、ロングヘアの女がそれで機嫌を直すはずもなかったのだが。

「お風呂もないのかしら? 信じられないわね」

「あ、なんか一階にあるみたいですよ。もう二年くらい使ってないらしいですけど」

「……入りたくなくなったわ。そもそもあなた、いつそんなこと聞いたのよ」

「えっと……さっき、です」

 子供のように笑って返す眼鏡の女に、ロングヘアの女はそれ以上会話をすることも嫌になったようだ。訊きたいことは山ほどあるのだが、会話を重ねるほど理解ができなくなるような雰囲気を眼鏡の女は纏っている。

 全てを投げ出すように、ロングヘアの女はベッドにばったりと倒れ込んだ。

「もう寝るわ。あなたも早く寝たら?」

「あ、私、もう少し」

 横になっていると視界には入らないが、どうやら眼鏡の女は部屋の扉を開けたらしい。

「他の方たちのことが気になってしまって」

「ほっときなさいよ。さっきのことを訊き出そうとしてるなら、たぶん無駄よ」

「そうかもしれないですけど……やっぱり心配じゃないですか」

 声色だけで、彼女が笑っているのが分かる。

「……あなた、ホントにお人よしなのね」

「そうですか? そうかもしれませんね」

 バタン、と扉が閉まる。部屋の中に、眼鏡の女の気配は無かった。



「あれ」

 外に出た眼鏡の女は、ちょうど歩いてきていた若い男と鉢合わせした。若い男はどこかふてくされたような顔をしていて、それでもその足はもう一つの部屋へと向けられている。

「部屋に行かれるんですか」

「ああ……そろそろあのバンダナも機嫌直ってると思うし」

 気は進まないけど、という言葉が雰囲気から発せられる。彼の立ち去る様子を見れば、誰もがそう思うことだろう。気の立っていた熊を再び刺激したくはないということだ。

「何かあったら言ってください。何か力になれるかもしれません」

「……あんたは、本当にお人よしなんだな。会って間もない人間にまで、よくそこまで気が回るもんだ」

 それが褒めているのか皮肉としているのか、若い男の表情に全く変化が無いので見た目で判断することはできない。だが眼鏡の女は、それを褒詞と受け取ったようだ。

「だって、私たちは同じ目的でここに集まったんじゃないですか。それを取り合う必要もないんですし、だったら協力したいと思うのはいけないことでしょうか?」

「仲間意識、って言いたいのか?」

「うーん、ちょっと違うような。同じ悩みを持っている人には、何か共感が持てるじゃないですか。やっぱりそういうときは何か力になってあげるべきだと思うんですけど」

 うー、と眼鏡の女が考えこむ。思っていることを的確に言葉に出来ていないらしく、口をもごもごさせて言葉をとどまらせている。若い男はそれには興味が無いらしく、複雑そうな表情をしてそのまま奥の部屋へと向かおうとする。

「言いたいことはだいたい分かったよ。とりあえず、あのバンダナには少なからず理解されない理念だってことだ」

 眼鏡の女は、その言葉を聞いていくらか不満そうな表情になっていた。それを気にも留めず、男はドアノブに手をかける。

「もちろん、俺もな」

 部屋に入る手前、そんなことを呟いたのは彼女には聞こえなかったようだ。

 取り残された眼鏡の女は、まだ名残惜しそうに閉じられた扉に視線を向けていた。

 静まり返る廊下。独り佇むだけのそこは一切の音が排除されてしまっている。扉の中で恥あっているかもしれない会話も、建物の外の音も何も聞こえてこない。窓の外は全く灯りが無いので、覗きこんだところで星や月が見える程度だろう。

「どうして信用しようとしないんですか……?」

 その呟きは、誰に届くこともなく。

 また静寂だけが、その場に居座り続けた。



 すごすごと部屋に戻ってきた眼鏡の女。上手くいかなかったどころか、ひどい対応をされたのがよく分かる。すさまじいまでの落ち込みようにロングヘアの女も思わず同情してしまった。

「ちょっと、あなた大丈夫? 言ったでしょ、無駄だろうって」

「はい……そうですよね。分かってたはずなんですけど……」

「真面目な人間は早死にするわよ」

 ロングヘアの女の座っているものと並んで置いてあるベッド。眼鏡の女はよろよろと歩いてきてそこに座った。そこまでなるか、と突っ込みたくなる様子は見ていていたたまれなくなる。

 あるいは、そこに同情が挟まったのか。

「元気出しなさいよ。……私でよかったら、少しくらい教えてあげるわよ」

 ロングヘアの女は、眼鏡の女に向けて憐みのこもった言葉を与えていた。

 途端に、眼鏡の女の顔が上がってロングヘアの女に向けられる。

「いいんですか?」

「このままずっと落ち込まれてるよりずっといいわ。話しても減るもんじゃないし」

 どうして自分が不老不死を求めるようになったのか。

 恐らく眼鏡の女は、それを隣の部屋の二人にも訊こうとしたのだろう。あるいは訊いたのかもしれないが、どちらにしろ欲しがっていた返答は全く得られなかった。それどころか、あのバンダナの男にひどい言われ方をしたのかもしれない。

 まさしく同情と呼べるそんな理由で、ロングヘアの女は自身について語るべく口を開いた。

「口にしてみれば……シンプルで子供じみた、バカバカしい動機。歳をとりたくない、なんて言っても間違いじゃないのよ」

「……はぁ」

 一人で自嘲気味に紡ぎだしたその言葉に、眼鏡の女は少し意外そうな顔をする。ロングヘアの女の雰囲気が、その瞬間がらりと変わっていた。

「ずっと今の姿のままでいたい。キレイなままでいたいっていうのは女として当たり前の願いだと思うでしょ? 私も例外じゃないの。化粧品とか、整形とか、そんなのは結局変わってしまった自分を隠してることにしかならないような気がしてしまってね。それらの手を借りても、結局本当の私はどんどん歳に比例しておばあさんになっていく……ついた結論が、ここ」

「なるほど」

 言われた通り、眼鏡の女もそれには同感したようだ。納得した様子で頷く。

 だが、何かにハッとしたようにその顔がロングヘアの女の顔を見据えた。

「誰か、キレイでいてあげたい人がいるんですか?」

「なっ!?」

 途端に、ロングヘアの女の顔が赤く染まった。図星らしい。

「あっ、あなたには関係ないでしょ!?」

「あ、そうですね。すみません」

「……もうっ」

 ばふっと音を立ててロングヘアの女の体がベッドへと倒れこむ。その姿勢で一度大きな溜息をつき、また落ち着いた声調で更に続けた。

「……いるわよ、大切な人」

「……」

「私の自己満足よ。彼も自慢できるような存在、そんなのに勝手に憧れてここまできたの。彼が好きだと言ってくれた『私』を、私はずっとそのままにしておきたい。自分を褒めるつもりはないけど、不老不死になってずっとこの姿でいたいって願ってるわ」

「そうですか」

 眼鏡の女の返事は短かった。自分の感想が声から伝わらないようにしているかのようだ。

「詳しいことは分かりませんけど……あなたも、その人のことが好きなんですよね?」

「あ、当たり前でしょ? あなたは恋をしたことないの?」

「……ええ、まあ」

 恥ずかしそうにいう眼鏡の女に、ロングヘアの女はもう一度盛大に溜息を出してしまった。

「……私のことをキレイだって言ってくれたのよ、彼。それが嬉しかったわ。そんなこと、今まで言われた経験無かったんだもの。彼はすごく純粋で、幼くて、優しいの。どんな苦労を重ねても、不老不死を求めるにはそれだけで十分」

「……」

 横になったまま、ロングヘアの女が視線を彼女に向けた。

「これだけよ。すぐに忘れて頂戴」

「はい、分かってます」

 それに頷いて見せる。そして眼鏡の女も、ゆっくりとベッドに横になった。

「……そうだ、私の理由を教えてあげたんだから、こんどはあなたに教えてほしいわね」

「えっ」

「期待はしてないわよ。私のだってつまらなかったでしょ?」

「私は……あなたより、もっとつまらないと思います。聞いても大したことないですよ」

「構わないわ」

 眼鏡の女は少し考え込んでいるのか、黙りこんでしまう。仰向けのまま横を向くと、ロングヘアの女と目が合った。

 心の中を覗き込もうとしているような、でも優しそうな瞳。眼鏡の女はどきりとしてすぐに目をそらす。それでも相手がまだ自分のことを見つめていることは確実だ。

「……みなさんが揃っているときに、お話しします」

 そして出し惜しみし続けた返答は、そんなその場しのぎのようなものだった。

「今言ってよ」

「あとの二人にも教えておきたいんです。やっぱり、恥ずかしいので」

 そうすることで彼女があの二人に何を望んでいるのか。

 言いだしたロングヘアの女には、それはよく分かる。

「まだ諦めてないのね」

「はい」

 子供のような無邪気な返事に、ロングヘアの女がそれ以上追及することはなかった。

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