差し出された不死の魔法
短編のつもりが長くなってしまったので連載ものとして。長編としては短い(と思う)ので、気軽に読んでみてください。
キャラの名前を指定していないので、読みにくかったらすみません。
使い古して破損の目立つ木製のテーブルの上に、心もとない光量のランプが置かれている。部屋の全体を照らすには余りにも弱く、照らされているのはせいぜいそのテーブルの上くらいだ。
それを取り囲むようにして席についている五人の男女。四人は同じ一片にかたまって座り、そわそわした様子で、お互いや向かいにいる一人の男の間で視線を徘徊させている。向かいに座っている男は、その様子を楽しむように見つめながら黙って座っていた。
ゆらり、とランプの灯が揺れる。それを合図にしたかのように、四人を見回して男が静寂を破った。
「そろそろ本題に入ろうか。いい加減始めないと、俺の方がまいっちまう気がする」
落ち着かなかった四人の意識がその一人に集まる。いずれも固い表情をしていて、男の放つ言葉を一字一句逃さないように身構えていた。
それが愉快だったのか、男は独りで笑い声をあげた。
「はははは、人というのは本当に面白いな。手玉にするのがこんなにも優越感を覚えるものだったなんて」
「早く話に入ってください」
まるで茶化すような男の態度に一人の女が口を挟んだ。が、手玉にされたことに関しては否定をしない。
「そう焦るなって。お目当ての物は……ほら、こいつだ」
ひとしきり笑った後、男は懐に手を突っ込んで革袋を取り出した。そして小さな半透明の紙をテーブルに敷き、袋をさかさまにして中身をその上に広げた。
ジャラジャラという軽い音とともに紙の上に積みあがったのは、丸い形の錠剤だった。五ミリほどの直径に僅かな厚みなど、一見すれば単なる薬にしか見えない。だが、四人の意識はその積みあがった山に縛りつけられるように釘付けになってしまった。
「あんたたちが探してるのはこれでいいか? これが不老不死の秘薬だ」
「不老不死……」
四人は重ねてそう呟き、一切の動作を失ってしまった。
その四人がどのようにして調べ、どうやってたどり着いたのかは分からない。ただ共通して言えるのは、「不老不死になる方法を探す」という目的を持っていて、今その瞬間その目的に辿りついたということだけだ。
パッと見にはとてもそんな大層なものには見えない錠剤の山。ここまで奇抜だと、逆に疑っていいものか判断に迷ってしまう。もしかしたらだまされているのかもしれないという疑念も当然のように生まれるのだが、どう考えたところで彼らはその男を信じるしかないのだ。
「別に疑ってても俺は構わないが……決めるのはアンタたちだしな」
何もかも見透いたように男だけが笑っている。
「おっと、そうだ。これを渡すのは構わないが、それに際していくつかルールを決めておきたい。それを聞き入れてくれれば、俺はもう何も言わない」
「ルール?」
思わず訊き返す。男は頷き、もったいぶるようにゆっくりと唇を動かし始めた。
「まず一つ、この薬をそのままここから持ち出さないこと。持って帰ってゆっくり考えるなんてのはさすがに虫がよすぎるからな。ここを出ていくあんたらはこれを飲んでいるか、これと関わってすらいないかのどちらかだ。もし飲まなかった時は俺にその分を返してくれ」
「なるほど」
「で、もう一つ。確かにあんたらは不老不死になりたくてここにきたんだろう。けど、もう一度よく考えてほしい。自分はこれを飲んで不死身になるのか、それともやめておくのか。せっかく四人も同じ境遇のやつがいるんだ、みんなで話し合って決めるといい」
それぞれは不思議そうな顔をした。何を今さらという顔の者や、その言葉の真意を探ろうとする者など。
「……俺からは、以上だ」
広げられていた薬を置いたまま、その男は立ち上がって闇の中へ消えた。
「あの男の言ってたことなんて気にするな、さっさと飲んじまえばいいんだよ」
そう言った男は、頭にバンダナを巻いているいかつい体格をしている。発言から察するに、かなり短気な性格らしい。
そんな彼を、眼鏡をかけた子供のような容姿の女がなだめる。
「まあまあ、彼がそう言うのはそれなりの考えがあると思うんです。あせらなくても、結論が出るまで彼は待ってくれますよ」
積まれた薬に手を伸ばそうとした彼の手を止める眼鏡の女。バンダナの男はうっとうしそうな顔をして彼女を睨みつけたが、ひとまず納得してその手を収めた。
「ま、いくら考えても答えは変わらないと思うけどね」
「私もそう思うわ。ここにたどり着くまでに、私たちはさんざん考える時間を与えられていたはずですもの」
若い風貌の男と、ロングヘアの女がそこに更に言葉を付け加えた。
「まあ、それが『ルール』なんだから、従うしかないんだろうね」
「……そうですね」
それぞれがその一言で、焦っていたであろう自分の心を落ち着かせるように会話を一度区切った。
彼らはそれぞれ顔見知りのような関係ではない。ここに至る以前には道を歩いている「その他大勢」程度の関係でしかなかったほどの間柄だ。不老不死という共通の目的のためこのように会話をすることはあるが、やはりどこかでお互いを警戒しあっている節がある。
彼らはそれを自覚している。そして、必要以上に慣れ合うことを避けようとしている。
その場の雰囲気は、酷く居心地の悪いものだった。
「あの……」
そんな状況を打破しようとしたのか、眼鏡の女が恐る恐るといった様子で小さく手を挙げた。静まり返っていたこともあり、一同の視線が一度に彼女に集まる。
「もしよろしければ、皆さんが不老不死になろうとしている理由を……お話しいただけませんか」
途端に、三人の顔に露骨な嫌悪感が感じられるようになった。お前には関係ないだろう、という声が今にも聞こえてきそうだ。眼鏡の女はやや申し訳なさそうな様子で、それでもさらに言葉を綴る。
「あの、もしお気にさわるようなことでしたらごめんなさい。でも、あの人が言っていた通り『不老不死になるかよく考える』には、それを求めるようになった理由をもう一度思い返してみなきゃいけないと思うんです」
「そんなの、俺の中じゃとっくに復習済みだ」
バンダナの男が不機嫌そうに返した。
「一人の意見じゃなく、ここにいる全員がその内容を聞いて、一緒に考えるべきなんじゃないでしょうか。多くの意見を取り入れたほうがもっと考える幅も広がるんじゃないかと思うんです」
「そう、かな……」
「ふん」
「賛成できないわね」
彼女の言葉に傾きかけたのは若い男だけで、ロングヘアの女とバンダナの男は興味がないといった様子で視線を彼女から外してしまっていた。
「誰に話したって結論は変わらねえよ。話し合いなんてしても無駄だ」
「同感よ。話す義理なんかないわ」
「そうかなぁ、俺はそうしてほしかったんだけど」
「え?」
眼鏡の女性のすぐ横から、ついさっき闇の中へ消えていった軽い声がした。四人そろって体をびくりとさせ、その声の方へ視線を向ける。
「どうせ同じ目的なんだ、話し合ってみればいいじゃないか。というかむしろそうしてくれ。明言はしなかったが、俺はそうしてもらうためにこの時間をつくったんだからな」
薬を置いていった男がすました顔をしてそこに立っていた。暗い中に唐突に現れたその表情からは、やはり緊張感といったものがほとんど感じられない。
「お前、いつの間に!」
「ずっといたけど? いやだって、どんな話するか気になるし」
バンダナの男が喧嘩でも始めそうな勢いで立ち上がったが、男の方はそれを全く気にしていないようだ。三人が彼をなんとかなだめると、バンダナの男も渋々それに従った。
彼もやはり、その男に手を出すことはできないのだ。薬をもらうため、彼の機嫌を損ねるようなことはあってはいけない。そういった行為はタブーと呼べるだろう。
「そっちの二人はえらく保守派だねえ。別に減るもんじゃないだろうに」
「というか、あれだけ重い雰囲気を作っておいてあっさり戻ってきすぎじゃないですか?」
眼鏡の女が溜息まじりに呟くが、男は聞こえなかったかのように自分の話を続ける。
「俺は、あんたらがなんで不老不死になろうと思い立ったのかが知りたいんだよ。自然の摂理に反する行為だからな、生半可な覚悟じゃないだろうし、それに興味を抱くのは当然のことだろ?」
さも当たり前のように言ってのけるが、四人はあまり面白くなさそうな顔をしている。彼の発言は、どうしても必死になっている自分たちを見下しているように聞こえて仕方がないのだ。
「あんたは、それを聞いて何がしたいんだ? その内容がどうあれ、結局俺たちが不老不死になるのを止めないんだろ?」
若い男が口を開いた。他の三人もそれを共通して疑問に思ったらしく、そろって視線を男へ向ける。
「んー? そうだなぁ……」
底意地の悪そうな笑顔で、男は顎の下をなぞった。
それは本気で悩んでいるのではなく、わざと引き延ばしている演技と見て間違いない。
「趣味、とでも言えば満足か?」
「……」
言葉がまとまらないのか、そもそも何も言う気が無いのか、それ以降誰も何か言いだそうとしない。薬を持ってきた男が不気味な笑みを顔に浮かべているが、あとの三人は憂いや怒りといった負の感情しかその表情に表れてこない。
「……ん、まあ、焦らなくていい」
またしても話し出したのは、中心人物である彼。
「部屋を用意しておいた。二部屋あるから、そこで適当に休んでくれてかまわない。今日はもう疲れたろ、四人ともゆっくり休んでくれ」
「……場所は?」
バンダナの男が訝しげに訊き返す。
「階段を上ってすぐの扉だ。二つ並んでるし、他に部屋もないから分かると思う」
説明を施す男の声は先ほどとは打って変わって真剣そうなものだ。今まで全く見出すことのできなかった彼の『邪悪』の面が、そこに来てようやく表に出始めたように感じられる。
「……ふん」
バンダナの男は相変わらず半信半疑といった顔をしていたが、他の三人を一通り見まわした後、階段のあるだろう方向の闇へと歩いて行ってしまった。一刻も早くその場から逃げ出したいと思ったのだろう。
機嫌の悪そうな足音の後、わざと大きくしたような階段を上る音が四人の耳に響いた。
「……二部屋ってことは、二人ずつで相部屋ってことかしら?」
ロングヘアの女が言葉を発する。
「男同士女同士、だろ。気は進まないが……」
若い男が頭を掻きむしりながら呟いた。バンダナの男の様子を見れば、誰もが同じ感想を抱くことだろう。おのずと同じ部屋で顔を合わせることになるだろうが、少なからず気まずさを感じることになるのはよく分かる。
「ま、男同士仲良くやって頂戴ね。私たちも行きましょう」
「あ……は、はい」
ロングヘアの女が眼鏡の女の背に手を添え、そのまま押し出すように歩きだしてしまった。その方向は先刻バンダナの男が歩いていった方向とほぼ同じだ。
やがて先ほどよりも軽い、小さくリズミカルな音が残された二人の耳に響いてきた。
残されたのは、二人の男。
「あんたも早く行ったら?」
「冗談だろ」
肘を机に着き、ふてくされたような顔で若い男が返事をする。そんな彼の様子を見て、男はまたおかしそうに笑って見せた。
「確かに、あいつはもう少し独りにしてやった方がいいだろうな」
「俺もそう思う。ふん、こんなところであんたと気が合うとは」
二人の様子はあまりに対照的だ。やさぐれたような若い男と、この世の全てを快楽の道具としているような男。
お互いにもう何も言おうとしない。相手にひたすら視線を刺し続けている。
しかし、その眼の力強さで言えばどちらが優位に立っているのかは言うまでもない。
「……見させてもらうぞ、おまえたちの覚悟を」
若い男の耳に、それは聞き取れなかったようだ。