今年もありがとう、そしてまた来年も
『転生王女と天才令嬢の魔法革命』、web版は2/13日で一周年を迎えました!
この短編は一周年記念の短編となります。時間軸は一部終了後のお話となります。
既に一部まで読み終わってる方はこのままどうぞ、本編のネタバレを含みますので未読の方はご注意ください。
「うーん……」
思わず、そんな声が出る程に悩んでしまった。悩みすぎて色んなものに手を付けられていない。
ユフィは王城に上がって女王として政務をこなしている。レイニもユフィに随伴して不在だし、イリアも今は予定があって離宮にはいない。
今回の私の悩みは、ちょっと誰かに相談し辛い。誰もいないのは逆に好都合なのだけど、答えが出ないまま悩み続けて数日は経っている。
「……ユフィが離宮に来てもう一年かぁ」
そう、私が悩んでいるのはある意味で記念日であり、ある意味で忌まわしき日でもある日のことだ。
もうすぐユフィの婚約破棄から、そしてユフィが離宮に住むようになってから一年が経過しようとしている。
離宮に来た日という事で祝うのなら、ちょっとした贈り物でも渡そうかと思った。また一年よろしく、なんて言えたら良い。
でも、その日は同時にユフィにとって婚約破棄という大きな傷をつけられた日でもある。そんな日を祝うのはどうなんだろう、と悩んでしまう。
「……ユフィが気にしているかと言えば、多分してない」
無関心という訳ではなくて、あの日を境にユフィの人生は大きく変わった。その事実をユフィは冷静に受け止めていると思う。だから、きっと祝いたいという気持ちで贈り物を渡したら喜んでくれるんじゃないかと思う。
ユフィはそういう子だ。私もユフィに愛されてる自覚はある。でも、だからこそユフィは迷惑にならない程度ならきっと、ちょっと蟠りが心の中にあっても隠してしまうだろうとも思ってしまう。
祝うならユフィが心の底から喜んで貰えるようにしたい。ユフィが離宮に来てから一年を迎えるというのは確かにめでたい事だ。
でも、その祝いをユフィに心の底から喜んで貰えないのは嫌だ。だから、あともう一日しかないという時まで私は悩んでしまっている。
「……踏ん切りがつかないだけ、かなぁ」
私が祝おうと思ってやった事で、ユフィが嫌な思いをする事はないと思う。けれど、もしも、という考えは過る。それでユフィが昔の事を思い出してしまって、憂いなんて感じさせた日には私が後悔する。
ユフィが私に甘いからこそ、出来るだけ迷惑はかけたくない。嫌な思いはして欲しくない。ただ純粋に喜んで欲しい。でも、その日がユフィにとって祝われる事が本当に嬉しいのかどうかはわからない。
「……意識してるの、私だけかなぁ」
机にうつ伏せになって呟いてしまう。それにユフィだって忙しいし、離宮に来てから一年経ってるなんて祝う事じゃないかもしれない。
それでもユフィが来てくれたおかげで、私も変わる事が出来た。今まで離宮に引き籠もって、自分の想像の魔法を実現する事しかして来なかった。それが今は相談役なんて立場にいるのだから変わるものだ。
変わってしまった事に戸惑っているのかもしれない。だから、この変化が良いものだったって証が欲しい。ただ、そうして自分を満足させたいだけなのかもしれない。
「……うぅ~、どうしよう」
祝いの品物は用意してない訳じゃない。でも、渡すのを躊躇ってしまう。用意はしたのになんだか情けなくなってしまう。
いっそユフィにさり気なく聞けば良いのかもしれないけれど、それも怖い。ユフィと一緒にいるようになってから、とても安らいだ日々を送る事が出来ている。
その日々に水を差すような真似はしたくない。結局、その日も答えは出なかった。
* * *
「ん……? あれ? イリア……来てないの……?」
次の日、朝になったらちょっと変だった。いつも起こしに来るイリアが時間になっても来てなかったみたいだ。イリアが来ないならレイニが来る筈なんだけど、そのレイニも来た様子がない。
何かあったのかと思いつつも、着替えに袖を通す。部屋を出て、とりあえず食堂へと向かってみる。
「あぁ、おはようございます。アニス」
「ユフィ?」
起こされてなかったから、今日の朝の目覚めはいつもより遅かった。なのにユフィが離宮にいる事に目を丸くしてしまう。
ユフィはリラックスした様子で本を読んでいた。なんでまた食堂で本を読んでいるんだろう?
そもそも、普段だったらもう王城に上がる筈の時間だ。今日は休日という訳でもない。なのに、どうしてユフィがここにいるんだろう?
「ユフィ、今日の執務は?」
「急ぎのものは昨日の内に終わらせておきました。今日は王城には上がらないつもりです」
「えっ、なんでまた」
「――今日で一年ですからね」
あっさりと言い放ったユフィに私は目を見開いてしまう。一年、そう口にしたユフィは今日が何の日かをちゃんとわかってるようだった。今日がユフィが離宮に初めてやって来た日だという事を。
「……お、覚えてたの?」
「いえ。ただ、アニスが最近、何か悩んでるようでしたから。日付を見てピンと来ました。今日で私が離宮に来て一年の日ですよね?」
「う、うん……」
「きっとアニスの事ですから一周年を祝いたいと思ってたんでしょうけど、その日は私が婚約破棄をされた日でもありますからね。それを気にしていたのでしょう?」
「……お見通しです」
私は降参と言うように両手を挙げる。そして、そのまま脱力しながらユフィの対面の席に腰を下ろす。まさか私が悩んでるのを見て気付かれるなんて、あまりにも迂闊。穴があったら入りたい。
羞恥心と申し訳なさで深々と溜息が出てしまう。そんな私を見てユフィがクスクスと笑っている。もういっそ笑って欲しいくらいだよ。
「気にしてないと言えば嘘になりますが、もう一年なのかという気持ちの方が強いですね」
「……本当に?」
「えぇ。……良い機会ですから、少しその事についてお話ししておきましょうか」
本を置いて、ユフィは私を真っ直ぐ見つめて来る。私も自然と姿勢を正してしまう。
「一年前の私とは良くも悪くも大きく変わりました。精霊契約者になった影響もありますが、何より一年前の事件を切っ掛けに起きた変化が今の私にしてくれました。思う所はありますが、その起きた出来事を私は良くないものと捉えていません」
「……でも、まだ男性は苦手でしょ?」
「こればかりは」
私が指摘するとユフィは苦笑を浮かべる。アルくんに婚約破棄をされた事でユフィは男性を苦手とするようになった。普通に執務に関わる事でなら話は出来るみたいだけど、プライベートまで踏み込ませる男性は限りなく少ない。
「ですが、今思えば元からあまり男性は得意ではなかったと思います」
「え、そうなの?」
「昔の私は人の機微に対して無頓着でした。……女の身でありながら優秀であるという事は必ずしも良い事とは言えないでしょう?」
「あー……まぁ、そうだね」
貴族が国の仕組みとして現存している以上、血を引き継がせるのは大事だ。女性は子供を授かるのが何よりの仕事と言われる事も多い。
だからという訳じゃないんだけど、女性が男性よりも優秀だと角が立つ側面を否定出来ない。
「あの頃の私は、本当にただ次期王妃として、王子の婚約者としてある事しか考えていませんでした。公爵令嬢として求められた姿の、その延長線上にしかありませんでした。それで良いと心の底から思ってましたし、国の為にこの身を捧ぐ事に躊躇いはありませんでした」
「……うん」
「だからアルガルド様と心を通わせる事が出来なかったとしても、国王と王妃としてあれるならそれで良かったと、あのまま進んでいたらそう思っていたでしょうね」
自嘲するようにユフィが言う。そこに個人の感情を挟む事はない、ただ王妃として在り続ける。あの婚約破棄が無かったら、ユフィはそんな人生を歩んでいたのかもしれない。
言っちゃなんだけど、その生き方はとても人の生き方じゃないと思う。ただ役割に準じて、役割のままに死ぬ。悪いとは言い切れないんだけど、そんな生き方をして虚しくはないかと聞いてしまいそうになる。
「……でも、今は違うでしょ?」
「えぇ。アニスと出会ってしまいましたから」
ふんわりと笑みを浮かべてユフィがあっさりと言い切った。そこまではっきり言われると私も照れてしまう。
あの日、夜間飛行のテストで、うっかり星に見とれて制御を間違わなければ。
そんな偶然が無ければ私達は出会っていなかった。ただ、お互いにそれぞれの道を進んでいただろう。そんな未来を想像しただけで、嫌だな、って思ってしまう。
「夢を見る事を覚えました。願いを抱いて良いのだと教えて貰いました。今の私はアニスがいるからこそ、自分が女王になるという未来も覚悟して選べたんです。苦しい事も、辛い事もありますし、やり甲斐はあっても大変です。疲れる時もあります。それでも――私は今、幸せです」
その笑顔は、曇りのない幸せに満ちた笑顔だった。その笑顔を見て、私もようやく心の底から安心する事が出来た。
決して忘れた訳でも、まったく思いを馳せなくなった訳でもない。起きた事は起きた事と受け止めて、それでも今を確かに踏みしめて、未来に向かっていく。
だからこそ、今日という日を私は祝いたかった。この日を迎えられる喜びをユフィに感じて欲しかった。一年という区切りの日である今日、ユフィに幸せでいて欲しい。
「ユフィ」
そっと、懐に忍ばせていたものを取り出す。今日の為にこっそり作っていたもの。
私は椅子を立って、ユフィに歩み寄って行く。そしてユフィの手を取って、それを手渡す。
「……これは、ペンダントですか?」
ユフィがきょとんとしてペンダントを見た。羽根をあしらったデザインのペンダント、ただそれだけのもの。高級な宝石がついている訳でも、魔道具としての機能がある訳でもない。
女王として身につけるにはあまりにもささやかなもの。それでも、私がユフィに贈りたかったものだった。
「今日という日を迎えて、一緒に歩める事が嬉しいからお祝いの品。翼は、空を飛ぶ為のもの。私達に翼はないけれど、魔法によって空を飛ぶ事は出来る。だから未来に羽ばたけるように、って。一年、頑張って飛んで、そしてまた一年。今日という日を迎えた事を貴方と祝いたい」
出来ればこのままずっと一緒に、未来を生きたい。この一年で大事だと思える人を再確認して、そして増やす事が出来た。でも、一番はユフィが良い。
私達の運命が結ばれた今日という日で、私達がこれからも歩み続ける事を再確認したいなんて、ちょっと夢を見すぎかな?
「私を選んでくれてありがとう、ユフィ。また一年、よろしくね」
「……はい、アニス。今日までの一年に、今日から歩む一年が負けないぐらい幸せである事を祈って」
ユフィが嬉しそうに微笑めば、私も嬉しそうに微笑んでしまう。
無言でユフィが私の手に再びペンダントを握らせる。その意図を察した私はユフィの首に手を回して、ペンダントをつけさせる。
ユフィの髪を掻き分けて、絡まないように慎重にペンダントの留め具を留める。ユフィの胸元で羽根をあしらったペンダントが少し揺れた。
ペンダントから手を離すと、それを待っていたようにユフィが手を伸ばして来る。互いに首に手を回して、軽く口付けを交わす。
「ありがとう、アニス。でも、来年は一緒に揃えさせてくださいね?」
「うっ……はーい。そうします」
「えぇ、それまでお守りにします。この約束は、また来年まで」
それは来年まで一緒に歩いてくれるという宣言にも聞こえて、火が灯るように歓喜が込み上げて来る。
込み上げて来る思いのままにユフィの唇に自分から唇を重ねた。ユフィもまた応じるように目を閉じてくれる。
何度か啄むようにキスを交わした後、唇を離したユフィが蠱惑的に笑った。
「今日は、お休みですから。今日の事を伝えたら、イリアとレイニもお出かけをしてくるとの事です。――さて、どうしましょうか? アニス」
……本当、どうしてやろうかね。この可愛い人を前にして、私は顔を真っ赤にして額を預けるようにして寄り添った。
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