ネバモア!
(イントロ)
一八四九年秋 アメリカ メリーランド州ボルティモア。雨の路上に男がひとり倒れている。
彼こそが恐怖の創始者・・・・・・エドガー・アラン・ポー
シャーロック・ホームズ、ルパン、怪人二十面相など、およそすべての推理小説とその主人公は彼が原型を産んだのだ。
フランケンシュタイン、狼男、ドラキュラたちの父であり
SFの母であり
そして怪奇と幻想の王。
しかし
最大のミステリーは彼自身の死そのものだった。
居るはずのない時に居るはずのない場所に居て
着ているはずのない服を着て
寝ているはずのない場所に寝ているのを発見され、死んでいた。
あまりにも不可解なその死に様に世間は首をかしげたが
ぼくだけは知っているんだ。
彼は殺された。
だって、ぼくだけがそれを見ていたんだもの。
大ガラスのぼく、彼の産んだ最大の恐怖。
ぼくの名は、ネバーモア。 (月の中にヴァンパイアを思わせるシルエット)
(タイトル出る)ネバモア!。
現代。東京・秋葉原。駅前の新広場を女子高生一年の平泉保子と市村麗弥がキョロキョロと歩いている。
麗弥「あったあった、あすこだよヤスコ!」
保子「え? あわわ、あんな最前列はずかしいよ、はぅ。レイヤったらやりすぎですよぉ」
麗弥「何いってんの! ニューホログラムのアイドル誕生だよ? 世紀の大実験だよ? アキバ再建のメイウンがかかっちゃってるレアイベントだよ? 全国中継だよ? これくらいの席じゃなきゃ地元はえぬきの人間として恥なんだよ?」
保子「そう言って、また商店街の人に無理とおしたんですかあ?」
麗弥「ぜんぜん無理じゃないですよねぇ、会長のおじさま?」
商店街会長「フホホ、そうともそうとも。なにせ新生アキバを天下に示すイベント第一弾『バーチャルアイドル・ポピィが立体実像でリアルにキミを直撃by大手電気メーカー合同主催』じゃ。商店街バイトクイーンの二人にはおおいに盛り上げてもらわにゃのう」
保子「そうですけどぉ、私だってアイドロイド・ポピィちゃんが初めて立体化するとこ見たいですけどぉ、あんな前の席じゃあファンのひとにわるいですよぉ」
麗弥「もお、あんたはいつもそれね! だからいつだって彼氏を横取りされんのよ! あんたそんなにルックスいいんだから、もっと堂々としなさいよね! さ、行こっ!」
椅子の列に入ろうとする二人。ところが不気味なマント姿の人物が何人も怪しげに邪魔して微妙に中へ入ることができない。ろうばいする二人。
会長「そろそろ開始じゃな。ん、どうした?」
麗弥「あ、いえ、なんか混んでて、席へ行けないっていうか」
会長「それなら、ほれ、ステージをつっきって行きなさい。今ならOKだからの」
保子・麗弥「ご、ごめんなさい。すいません皆さん。ハズカシィ~」
舞台上を小走りに横切る二人。そこへ大型の黒い鳥が飛んできて保子の顔をかすめる。保子だけ思わず立ち止まる。突然その頭上に重い照明器具が落下、直撃。保子は頭部をつぶされ即死状態に見えたため場内騒然。先に行った麗弥は気づくのがいまいち遅れる。
ポピィ「ハーイみんなあ! お待たせよォ♡」
舞台上の大スクリーンが爆発的に起動して光り輝く人物大の光の玉が現れていた。
ポピィ「これ以上まてないよねェ、みんなあ? 1・2・3・4・ゴー!」
大スクリーンに二次元アイドル・ポピィの顔が一瞬出たので場内歓声。
スタッフ「ど、どうしたんだ。まだスイッチ入れるな。事故処理優先だろ!」
再びスクリーンが大放電。目もくらむ閃光と耳をつんざく大音響が画面からとび出して
舞台上の光の玉と合流し照明の下敷きになったままの保子の体を包み込む。すると保子の体は首なしのまま浮遊する。いきなり頭部あたりが鋭く閃光を放つ。スクリーンなど機械類は一斉にダウンし静寂が。光が消えると保子の頭部はポピィになっていて体もポピィのものに変化する。気がつくとそこでは立体化したアイドロイド・ポピィが熱唱開始!
ポピィ「(歌)♪ あなたひとりに出会うため 私はやって来たんだよ
突然だけどあなたは 私のもの
ごめんねポー 出会う前から求めあってたぁ
本気なのポー 好きだから 合体・変換・リニューアルぅ
うれしいヨ たのしいヨ いきなりだけどあなたはわたしのものォ
こわいヨ ドキドキだよ 死んだあとでも支えあってくゥ ♪」
歓声のうず、熱狂した男性ファンひとりが舞台にかけあがりポピィに握手。感電して倒れるが上半身起き上がって「おれ、握手しちゃったあああ、バタッ」と叫ぶ。
スタッフ「何だと! ポピィにさわれる? おい、ポピィを保存して回収しろ!」
群がるスタッフをすり抜けてポピィは最前列の麗弥の手をひっぱり逃走。
スタッフ「見たか! 完全に実体化している。こりゃえらいことだ、科学が変わるぞ!」
ポピィと麗弥が角を曲がったところでポピィは平泉保子に変化する。同時にそれまで体を覆っていた電気嵐的オーラも消える。
スタッフ「ここ曲ったぞ! あ、あれ? いないぞ、早く追え!」
スタッフ去る。
麗弥「ヤスコ! いつからあんたいたの? あ、それよりケガしてない? 頭とか首とかだいじょうぶなの? ねえ、何とか言ってよヤスコったら!」
保子「ヤ・ス・コ? ちがいますよ、ぼくは・・・えーと」
ネバモア登場。大きな黒い鳥が降り立つ。その黒い翼がやがて礼服になり、いつの間にか正装した少年がひとり立つ。
ネバモア「お帰りなさいませポー様。永遠のわがご主人」
保子「今なんて言ったの? ポー?・・・そうだ、ぼくはポー、ポーだよ! しかしこの体は? それにここは? おかしい、さっきまでボルティモアの酒場にいたのに」
ネバモア「あなたは死んだのです、ご主人さま」
保子「え!・・・ ああ・・・思い出した。ぼくはニューヨークに行くはずだったのにボルティモアに誘い出されて・・・」
ネバモア「殺された。奥様のヴァージニア様と同じように」
保子「ヴァージニア! そうだ、ぼくの妻はどうした! どこなんだ!」
ネバモア「ご主人様しっかり! 奥様はとうに死んだではありませんか」
保子「う、確かに・・・そうだった。でも今きみは殺されたと? ヴァージニアは胸を患って凍えて死んだんだよ。それを殺されたなどと」
ネバモア「いえ、殺されたのです。やつらの策略で」
保子「何? おい、やつらとは誰だ! いや、きみは何者なんだ!」
ネバモア「わたくしはラーベン。またの名をネバーモア。時と心を渡るカラス。あなたに作っていただいたものでございます。お忘れで?」
保子「わたしが作った・・・まさか、あの詩の? でも、そんな」
麗弥「ちょっとヤスコちゃん、話がみえないよ。ねえ、その子だれ? それにポピィちゃんはどこいったのかしら?」
保子「ポピィ! そうよ、あたしはポピィ。アイドロイド・ポピィ、それがあたし。今日があたしの誕生日なの・・・歌わなくちゃ・・・」
ネバモア「しっかり、ご主人さま! ポピィは単なるきっかけです。ポー様を召喚するために利用した電磁的エネルギー体にすぎません。ただの情報の塊です」
保子「あたしはポピィ・・・今日うまれるのを楽しみにしてた、今日から思い切り歌える思いきり踊れるのよ! いや違う・・・ぼくはポー・・・のはず、うう頭が、燃えるようだ」
ネバモア「お気をたしかにご主人さま! ポピィみたいな人工的知能なら心の中で制御可能でしょう?」
保子「う、うん・・・ふう、できるみたい。ポピィはぼくの中に入ってくれたようだ」
ネバモア「その死んだ女性の体も同じです。たしかに生の肉体ですが既に頭部はありません。自在に動かせるはずです」
麗弥「死んだ女性! 頭部がない! ななな何いってるの、キミ! 小学生がおとなをからかうんじゃありません! それとも、ヤスコやっぱり死んだの? いやあ!」
保子「まって。ああ、確かに彼女がぼくの中にいる、生きている。生きてぼくに語りかけてくる。ああ、わかる、この町のことが。ア・キ・ハ・バ・ラ・・・アキバ。そして東京、日本、二十一世紀、アイドル・・・」
麗弥「ちょ、ちょっと! 彼女があなたの中で生きてるって何? 彼女って誰!」
保子「彼女とは、もちろんポピィのことですよ?」
麗弥「だよねっ! あなたヤスコだよね! ああ、よかった。あの事故のせいでポピィちゃんと自分がごっちゃになっただけなんだよね。そりゃあんだけ頭うてば当然よね」
頭まですっぽりかぶったマント姿の人影が二つ現れる。先ほど平泉保子と市村麗弥の会場入りを阻止した連中。
マント1「くくくく、そういうカラクリか」
マント2「カラクリか、くくくく」
マント1「こちらが仕掛けるつもりが逆に仕掛けられるとは」
マント2「仕掛けられちゃったね。あのカラスが落下事故を手伝うとはヘンだと思った」
マント1「ヘンだと思った。でもすぐに見つかってよかった」
マント2「よかった。では消えなさいエドガー・アラン! 今度こそ永遠にな!」
保子「え? キミたちは?」
マント1・2「バラバラになって死ね!」
マントの下から鋭い刃のついたドーナツ状の金属円がいくつもとび出して保子を襲う。ネバモアが両腕をふるうと一瞬大きな黒い翼のような影が宙をなぎはらって円輪が跳ね返される。返ってきた円輪でマントの人物のマントがズタズタに裂けて落ち、姿があらわになる。中からはロリロリな超美形双子姉妹が。双子はこてこてのゴスロリ衣装。
マント1(サーたん)「きゃあ! あらら、あんた丸見えでちゅよ、タイたん」
マント2(タイたん)「きゃあ! なによ、サーたんこそまんまのかっこじゃないでちゅか」
麗弥「わあ、かっわいーい!」
双子(同時・交互に話す)「かわいいって言うな!/言うな!/我らこそは恐怖の王。/恐怖の王。/闇の支配者なるぞ。/なるぞ。/恐怖の王はおまえではないのだポー。/ないのだポー。おまえは邪魔だ。/邪魔だ、死ねよ。/死んで二度とさまよい出るな!」
ネバモア「させるか。百年以上まってつかんだ初めてのチャンスなんだ。来い!」
双子とネバモアの大立ち回りアクション。
そこへポピィ捜索スタッフが戻ってくる。
スタッフ「ほお、これもニューアキバ祭のイベントかい? おお、すげえな」
双子「ちっ。あいつカメラ出したぞ。/出したぞ。改めよう。/改めよう」
ゴスロリチビ双子姉妹は姿を消す。
会長「派手にやってると思ったらきみたちか。いやあ、せっかく盛り上げてもらっとるのにすまんが本命のアイドル発表会は中止だそうじゃ」
保子「あなたはニューアキバ商店街の会長さんですね? よろしく、ぼくは・・・ポー子です」
会長「へ? ポー子? ハハハハ、祭モード全開だね。保子ちゃんて普段はまじめ顔なのにけっこうオチャメなんだのう。いやあ、それならケガの心配もなさそうだね。じゃ例の相談いいかな? イベントも中止で時間もあいたし」
麗弥「あ、ごめんヤスコ。まだ話してなかったけど会長さんから頼みごとあったんだあ。それもバイトの一環として。そうだ、ちょうどいいからあのアパート見に行こうよ。もう来週にはあんた引越しだし・・・ああ、ヤスコと離れたくないな・・・」
保子、麗弥、ネバモア、会長いっしょに歩きだす。
(場面かわる)
全員アパートの一室にいる。四階建ての古いボロビル最上階でいかにもオフィスか倉庫といった部屋。室内には各種フィギアがところ狭しと積まれている。
麗弥「アハ・・・安いとこ会長さんに聞いたらここがいいって・・・ここでいいかな?」
保子「え? ぼくがここに住むの? どういうこと?」
麗弥「どういうことって・・・やっぱりパパたちのことを怒ってるんだ・・・」
会長「麗弥ちゃんのとこもリストラだってなあ、暗いご時勢じゃ。保子ちゃんの自立話にはそういうウラがあったのかい」
麗弥「ええ。幼稚園のときから一緒の家で暮らしたのに、義務教育と違ってお金がかかるからって・・・こんなこと去年の今頃は考えつきもしなかったのに」
保子「察するにぼくとレイヤは親友でこれまでも姉妹のごとく同居していたがお父上の諸事情でぼくの面倒がみえなくなった。で、ぼくは一人暮らし、とこういうことかな?」
麗弥「そ、そういう皮肉きついよ。なんかヤスコらしくない。やっぱり脳震盪でも?」
会長「なーに、ここなら家賃なんてタダみたいなもんさ。商店街が倉庫がわりに使っている場所で、どうせ四年後には再開発で取り壊しになるビルだ。それに商店街の所有だから家賃はお買い物ポイントでも支払えるしのう。とっておきの物件紹介じゃよ? だからというわけでもないが・・・内緒でやってもらいたいことがあるんじゃが。まずはこのチラシを見てもらうか」
麗弥「カフェ・ブラディーマリー? あっ、黒メイドさんたちで話題のお店ね! うわあ、ここでバイトするの? 会長さん、わたしじゃだめですか、ねえねえ」
会長「ここが有名なのは血天井があるからじゃよ。バイトじゃなくてこっそり調べてきてほしいことがあるんだ」
麗弥「だからわたしでもいいじゃないですか。メイドのバイトしながら」
会長「麗弥ちゃんではのう・・・ほら、去年の商店街福引で推理ビンゴというのやったら保子ちゃんがダントツ優勝したろ? そこをみこんでなんじゃが。どうかのう?」
保子「推理・・・秘密の調査・・・」
会長「いや、危険なことなどないよ? ただあれが本物かどうか推理してもらうだけで」
保子「お引き受けしましょう。ぜひに」
ネバモア「ご主人さま!」
会長「さすが保子ちゃん! 助かるよ」
保子「ポー子です」
会長「あはは、そうじゃったな。ではポー子さん、頼みましたぞ」
保子あらためポー子「つまりその血天井とかいう人気アイテムの真贋調査ですね?」
ネバモア「何いってんです! ここは早々に立ち去る場所ですよ。深入り禁物なのに!」
会長「あ、そうそう。ポー子さんの秋葉原町立電卓高校の学費もポイント支払い可能なんじゃよ? なにせ地元出資の高校じゃからの。成功の折にはどーんとポイント支給じゃ」
ポー子「ネバモアよ!」
ネバモア「は、はい」
ポー子「聞いたであろう。まずは生活の基礎だよ。日々の糧を得る機会なんだ。協力してくれるね?」
ネバモア「はいっ! あ、いえ、ご主人さま。それは」
ポー子「キミはぼくをご主人と呼ぶのだね」
ネバモア「それは当然でございましょう。ポー様こそはわが主にして創造主なり」
ポー子「ではなぜメイド服を着ない? 当地でご主人様とくればメイドに決まりだとポピィが言っている」
ネバモア「ええーっ! 何わけわかんないことを。わたくしは男ですよ?」
ポー子「少年メイドがまた格別なのだとポピィが」
麗弥「おお! それいいかもっ! あなた美形だし、やってやって!」
ポー子「ほれ」
麗弥「おわわ! あっという間に少年メイドに! どういう仕掛け?」
ポー子「受けてるね。レイヤはいわゆるショタ萌え属性なの?」
麗弥「じゃないけどォ。やだあ、わたしはコスプレ一直線だもの、こういう展開は見逃せないって知ってるでしょう、ヤスコったらもう」
ポー子「ポー子ですよ」
ネバモア「こんなのいやです、ご主人さまあ!」
麗弥「ああ、その被虐的哀願口調のナミダ目が、も、も、も」
会長「ええと、調査依頼の詳しい内容じゃが、今ええかの。そもそも依頼人は」
一同盛り上がる中、いつの間にか部屋の片隅にひとつの人影が。それはさびしげな少女の姿でじっと食い入るようにポー子を見つめている。彼女の着ているものも顔までもが
ポー子にそっくり。それは死んだ平泉保子の霊だった。
(場面かわる)
翌日の午後。ここ秋葉原町立電卓高等学校では授業終了のテクノ調チャイムが嬉しげに鳴っている。ポー子と麗弥は隣同士の席に座り背筋をのばしているところだった。午後の日差しの中ポー子にはまるでふたつの影があるかのようだ。いや、ほんとに二つある。そのひとつは従者にして少年メイドのネバモア。もうひとつは平泉保子の死霊である。
ポー子「ふう、日本のハイスクールの一日、なんとかしのいだな」
麗弥「そ、そうだね、ハハ・・・(汗)そうそう、今日のヤスコ数学と英語すごかったねえ!(ほかはひどかったけどねえ。やっぱ強く頭うったんだねえ)」
保子の霊「ゼンゼンしのいでないでしょう! なんですかぁ、古文のあの答えは! わたしの得意科目があああ、ううう」
麗弥「ねえ、ヤスコ。今日が部活決定最終日よ。もう決めた?」
保子霊「ちょっと、わたしの声が聞こえないんですかレイヤ? なんできのうから無視するですか? 親友でしょ」
ポー子「何度いったらわかるのかな。ぼくのことはポー子と呼んでよ」
保子霊「そうじゃない! この体は平泉保子! ポー子なんていや! ああ、どんどんわたしが侵略されていきますですぅ」
麗弥「でもポー子ってあんまりヘン・・・はっ(そうか、頭うって混乱時はさからわないほうがいいのかも)えーと、ポー子はやっぱり文芸部とかに決定?」
ポー子「何も決めてないが(部活ってなんだ?)」
麗弥「じゃあ裁縫部はいろうよ! ヤスコ絶対あってるよ!」
保子霊「へ? なんでサイホー部?」
ポー子「そうか? レイヤがそれほどいうなら構わんぞ」
ネバモア(ポー子の影から出て)「いけませんご主人さま! 深い関わりはお避けください」
男子「おおっ! メイドがいるぞ! 校則違反だあ! この可愛さ凶悪ぅ!」
女子「っていうか、これ男子じゃん。うわあ、少年メイドよー!」
ネバモア「ほら! さわぎを大きくしてはいけません、ご主人さま!」
ポー子「この騒ぎはキミのせいだと思うが?」
麗弥「早く行こうよぅ☆ 入部届けが遅れちゃう」
保子霊「だから勝手に決めないでって言ってるですぅ!」
全員で裁縫部部室へ向かう。
麗弥「ねえねえ、きのうの話、ほんとに引き受けちゃうの? なんか怖くね?」
保子霊「あ、そうよ。やめてくださいよ!」
ポー子「血天井の件か? そうだなあ、ほんというとぼくも血は嫌いなんだ、ヴァージニアのことを思い出すからね・・・(喀血して死んだ妻のことをつい思い出し落涙する)」
ある初夏の日。ポーは幼な妻ヴァージニアとサクランボをとっている。夢のように楽しい午後。桜の木に登ったポーが投げる実をヴァージニアはスカートを広げて受け止める。夏空に響くふたりの笑い声。と、急に彼女は喀血。スカートは血に染まり倒れる・・・
保子霊「あ・・・この人の悲しみが伝わってくるわ、深い心の傷が・・・ヴァージニアさん・・・なんてきれいな人なの、なんてかわいそうな人なの(ホロリと落涙)」
麗弥「ど、どうしたのヤスコ!」
ポー子「ポー子です。いいかげん呼び方を改めないと、もっと泣くよ?」
麗弥「わ、わかった。でも急に泣くんだもん。じゃ、会長さんに断るのね?」
ポー子「血は好かない・・・だが稼ぎは必要だ」
麗弥「だから仕事は受ける、か。あんたなんか変わったね、ヤスコ」
保子霊「変わってませんです! 勝手にそんなこと引き受けないでください! もっと私の体にやさしいことを! セーブ・ジ・アース! セーブ・マイ・ボディ!」
ポー子「ああ、もう限界だ。さっきから騒がしいがキミは誰なんだ」
麗弥「え? 誰って麗弥だよ? だいじょうぶ? やっぱ病院いっとく?」
ポー子「キミではない。この頭に白い三角巾をつけたお嬢さんのほうだよ」
和風幽霊の必須アイテム白三角巾を自分で指差しながら保子霊がおどろく。
保子霊「ああ、この三角布はきのうから取れないんですよ、どういうわけか。え? ちょっと、わたしのこと見えてる? 聞こえたの? うわあ、聞こえてるんですね!」
ポー子「そんだけさわがしければ当然だろう。で、誰なんだね」
保子霊「だから! 平泉保子ですよ! 見えているなら無視しないでくださいですぅ!」
ネバモア「なんてことだ! 天国への階段を登らなかったのですか? ちゃんと用意したでしょ?」
ポー子「なんだ、きみら知り合いなのか。ではあらためて紹介していただこうかな」
ネバモア「こちら平泉保子さん」
保子霊「そうですよ! 誰あろう、わたしこそが正式な平泉保子そのひとぉ!」
ネバモア「の死霊」
保子霊「ぎゃああ! わたし死んでなんかいないのです! なんですバモちゃん、その言い方は!」
ネバモア「バ、バモちゃん?」
ポー子「どちらさまかは存知あげませんが早くわたしの体から出てってください! ねえレイヤちゃんも何とか言って? ねえ、レイヤったら。わたしここにいるでしょ!」
ネバモア「それ無駄ですよ。死霊は生きている人間には見えませんから」
ポー子「だってあなたがたには見えているじゃありま・・・ちょいまちです。じゃ一体・・・」
ネバモア「ポー様はあなたの死体にポピィの電磁的属性を持たせて合成された存在。そしてわたくしはポー様の思考より生み出されし者」
保子霊「わからないですぅ! なんでもいいから早く出てって、なのですよぉ!」
ポー子「聞いたか? これは正論だな。少年メイドよ、他の肉体をさがそう。こう耳元でぎゃあぎゃあ騒がれるのはたまらない」
保子霊「あ、ありがとうございます!」
ネバモア「不可能です。ご主人さまが出て行くのと同時にポピィの電磁的属性も消失して急激に腐敗しますが、それでいいんですか?」
保子霊「フ・ハ・イ? それ、腐女子になるってことですか?」
ネバモア「肉体が腐ってズクズクに崩れちゃうってことです」
保子霊「やめてええええええーっ!」
麗弥「? 裁縫部は腐女子クラブじゃないですよ? 男子もいるし。あ、ここです」
部員一同「ウエルカム! 同士たちよ! 決定最終日にようこそ!」
裁縫部は全員が派手にコスプレ中。十人ほどいる。
ポー子「ほお、にぎやかでいいな」
ネバモア「ぐ・・・」
保子霊「ここもやめてえええっ。別の意味で私の肉体が腐りそうですぅ!」
部員たち「ん? おおっ、少年メイドだ! なんという有望新人さまなの! 麗弥さん、リクルートありがとう」
ネバモア「ぐげげ。まさか標的はわたくし?」
麗弥「かくさなくてもいいよバモちゃん。さみしいのよね、あなたも」
ネバモア「はあ?」
麗弥「でもここなら救ってくれる。わかってくれるんだよ?
(歌う)♪ 校則にしばられる毎日
両親にしばられる未来
リアリティーのない私ぃ~♪」
保子霊「ちょっと、レイヤちゃん?・・・」
麗弥「(歌う)
♪ でも キミが教えてくれた
制服が私をしばるなら
その服を破いてしまえばいいじゃないかって
それがコスプレ! (イエイ)
なりたい私に さあ なるヨ
それがレイヤー! (イエイ エイ)
リアルなキミに たどりつく
生まれながらのレイヤー麗弥ぁ
タマネギみたいに 何度も脱皮するぅ~(イェイ イェイ イェイ)
あーあー ♪」
保子霊「ここまできてたのレイヤちゃん? 九年も一緒に暮らしたというのに、あなたの何を私は知っていたというのかしら、うう(涙)」
黒原先生「ふふふ、ついに現場をおさえたぞ。この不純不当な部活動。即刻廃部じゃあ」
麗弥「あ、担任の黒原先生!」
黒原「市村か、ふふ、おまえの後をつけていけばシッポがつかめると期待してたぞ」
部員たち「うおおおおー、どうしよう! 指導の黒原にガンつけられたらおしまいだあ。うちらも廃部なのか」
黒原「ひひ、せいぜいわめけ、クズどもが。おや? あひゃひゃ、きみはかわいいね、うちの生徒じゃないね?」
ネバモア「ぞわわ」
黒原「あ、なんだきさま男か! 他校で悪ふざけとはいい度胸だな。ちょっと来なさい」
黒原に引っぱられてネバモアは他の校舎へいく。
黒原「ここでいい。男のくせにこんな格好して、ぐふふ、もっと恥ずかしい格好してみるか? ここなら誰も来ないぞ」
ネバモア「バカものめ!」
黒原「うわっ! (ネバモアの腕のひとふりで壁までふっとぶ)」
ネバモア「それで教師か。よかろう、成敗してくれる。覚悟! ぐわっ?(倒れる)」
サーたんタイたんのゴスロリ双子「生意気なカラスだこと。センセイだいじょうぶでちゅか/でちゅか」
黒原「おひょう、かっわいいーっ! き、きみたちどこの小学生かね。それとも幼稚園?」
双子「あたしたちサーたんでちゅ/タイたんでちゅ/あのね、あたしたちのお願いきいてくれたらセンセイの言いなりになってもいいでしゅよ/でしゅよ」
黒原「言いなり! ほーほほほ、いいともいいとも。で、何してほしいのかな? ぐへへ」
双子「えーとね、平泉保子っていう生徒を徹底的にいじめ抜いてほしいのでちゅ/そうでちゅ。そのためならね、どんな手を使ってもいいわ」
黒原「え? 生徒をいじめる? わ、わかった。へへ、いいよ? 先生すっごくいじめちゃう。だから今度は先生の言うこときいてくれるかな?」
双子「ふうん。タイたん、この反応どう思う?/どう思う? だめだねサーたん、こいつ嘘ついてる/嘘ついてる。ほどよく腐ってるかと思ったけど、これでは腐りすぎ/腐りすぎ。こいつは約束なんて守らないよ/守らないよ。死ね」
黒原「な、何をナマイキな! くそう、おしおきだ!」
双子「おしおき? そうね、ムダな時間をありがとう/ありがとう。これがお礼よ」
黒原「え? これは何だ? わ、やめ・・・ぎゃあ!」
黒原は異様に高いはりつけ刑罰用の棒に逆さづりになり鉄条網で縛られている。
双子「(歌う)
♪ おまえに わかるか?
ぼくらの あせり もだえ 苦しみ
水で出来た大地
鉄より重い空気
なにもかもが 退屈
そうよ 恐怖だけがリアル
絶望だけが 輝くぅ~
だから
苦しんで もがいて 叫んでほしいぃ~
もっと
打ちつけ 踏みつけ 引き裂きたいのぉ~
聞いて 今ひろがる絶叫のシンフォニー
喜びにふるえる ぼくらだけの夜
だから
ぼくたちだけでいい 恐怖の王は~
死ねよ
死ね死ねポーなんていらない~
生きていいのは ぼくらだけ
血塗られた絶望の女神だけ ♪」
黒原「た、たすけ・・・ぎゃわああああ!」
ネバモア「うう・・・え?」
悲鳴でめざめたネバモアはズタズタに処刑された(生死不明の)黒原の体の上にはりつけられた羊皮紙の文字を読む。双子の姿はない。
ネバモア「・・・ポーに永遠の死を・・・」
(場面かわる)
秋葉原の町にいるポー子、ネバモア、麗弥、商店街会長。
会長「当日席の予約受け付けだけでこんなに待たされるとはのう、さすが話題のブラディーマリー。まったく問題じゃよ、この血天井カフェは」
麗弥「おじさまったら、声が大きい」
会長「大きくてもかまわんさ。血天井だけでもいやなのに、あたりまえのように風俗店なみのサービスをしてるというし、他にもあやしげな品を提供してるという話もある店なんだ。せっかくアキバ再生キャンペーン中というのにイメージ逆走だ」
ポー子「商店街の会長として指導したらいかが」
会長「それが何度申し入れても商店街に加盟しないんじゃよ。治外法権気取りなんじゃ。ああ、話してるとだんだん腹がたってきたわい」
麗弥「あ、次わたしたちだよ! わあ、あれが噂の黒メイド服かあ。素敵!」
黒メイド1「お帰りなさいあい、ご主人様がた。あ、新規のかたですね。では携帯の番号をここへどうぞ。席が空き次第お知らせしますね。今日は6時間くらいですむかと」
会長「ろく! そんなに待てるか! この子らにちょっと様子を見せたいだけなんじゃ」
黒メイド1「あ、勝手に入られては困ります」
会長「わたしは商店街の会長じゃよ。店舗視察ということで、はいごめんよ」
店内に入る一行。
ポー子「なあ、血天井ってどこだ」
会長「あれだよ、あそこの上」
麗弥「あの茶色のシミのとこ? ぜんぜん赤くないね」
おじいさん「そりゃあ昔の血だでよう」
ポー子「ふうん。だいたい血天井って何なんだい?」
おじいさん「血天井ちゅうのはのう戦国時代に敵に攻め落とされた城の中で大量自殺した殿様やらお姫さまやらが重なって倒れてできた血だまりが染み込んだ板のことだがや」
麗弥「うわっ、おじいさん誰? いつの間に?」
会長「ああ鳥居さん、いらしたので? このかたが依頼人なんだよ」
鳥居「このたびはどえりゃあ世話になっとりますな。この店エビフリャー出るかの?」
保子霊「あら、このおじいさん・・・」
ポー子「しかし血だまりができるのは床でしょう。それをなぜ天井と?」
鳥居「あったまのええお子だなも。うん、落城した城の床だった板をひきはがして供養のために寺に運んで、それを足で踏んだらバチあたる言うて天井に張って毎日お経とか聞かせるんだぎゃあ。怨んだ霊を鎮めるちゅうての。そんなんでおさまるわけもないが」
保子霊「あわわ、怖い~」
麗弥「でもそんな床板を天井に使うなんて、ちょっと異常じゃない?」
鳥居「あんたもそう思うじゃろ? 天井なんかにされちゃ落ち着かんがね、実際。しかもそれを盗まれて喫茶店のアンティークになるなんてたまらんだらあ?」
ポー子「これは日本にある血天井の中でも一番有名なものだそうですね。なるほどそれなら盗む価値もあるか。でも現物はちゃんと京都に残っているのでしょう?」
鳥居「それそれ! そこがミステリーだぎゃあ。でも現にわしゃここにきとるでよ。ちょっと寝ている間に・・・気づいたらこんなとこにおっただぎゃあ」
店長「こらこら。ああっ、またあんたですか。困りますな会長さん。もう店には来ないでとお願いしてありますよね。これ以上は営業妨害だ。警察よびますよ。出てください」
店外に追い出され道を歩く一行。
ポー子「もっとゆっくり観察しなくてはなんともならんな」
麗弥「あれ? あのおじいさんはどこ?」
会長「変じゃの。ちょいと戻ってさがしてくるよ。しかし今日は解散じゃのう。では」
路地裏から黒メイド服の女の子が三人もとびだしてきてポー子にぶつかる。
黒メイドたち「た、助けて!」
ポー子「どうしたのです」
同じ道から店長が走ってでてきて三人をつかまえる。なぜか力なくつかまる三人。
黒メイドたち「お願いです・・・たすけ・・て」
助けに行こうとするポー子をネバモアがとめる。
ネバモア「いけません。これ以上かかわるのは。ご主人さま!」
保子霊「そうですよ、私の体があぶないです。地球にやさしく、私にやさしく!」
ポー子「行くぞ。好奇心こそがぼくにとっての極上の酒なのだ。知っているだろう?」
保子霊「初耳です!」
路地の店裏口の前では三人がボンヤリとした様子でゆらゆら立っている。店長はあわてて何かをポケットにしまう。
店長「さあ入りなさい。順序よくね」
黒メイドたち「ハ・・・イ、店長さま・・・」
生気のない無機質な表情で次々と裏口に入っていくメイドたち。
店長「これはお騒がせしました。なあに、ちょっとした客引き興行ですよ。びっくりしましたか? お店のほうではもっと驚く趣向が満載です。ぜひお越しを、フフフ」
ポー子は進もうとするが店長に店の割引券付き招待チラシを押し付けられて遮られる。
ポー子「・・・思ったよりも凝ったカラクリだな。ここには解かれるべき謎がある・・・」
裏口ドアのかげからゴスロリチビ双子がポー子をみつめている。
(場面かわる)
翌日。血天井カフェ・ブラディー・マリー。
黒メイド「お帰りなさあい。あ、このチラシは店長ご招待のかたですね。では特別席へどうぞ。あら? あのう、何名さまですか?」
ポー子「十二名だが何か?」
麗弥「だいじょうぶかな、こんな派手なコスプレの大勢で?」
ポー子「裁縫部のみんなが一緒なら敵もうかつに攻撃はできまい。きのうの様子だと用心は必要だろう?」
保子霊「そうですそうです。お願いしますですぅ」
裁縫部1「攻撃って、今日はゲームもやるのかい? いいね、コスプレでアクション」
麗弥「そ、そうですね、ハハ・・・」
ネバモア「特別席って血天井の真下か。こうして見るとけっこう不気味ですよ。ご主人さま、だいじょうぶですか?」
ポー子「血は血でも赤くなければなんともない」
麗弥「ええー、でも見て見て。あれ手のあとだよ、足とか」
保子霊「それだけじゃないですぅ! ほらあれは、ひぇー、顔なのですぅ!」
黒メイド1「ハーイ、それではご説明しますね。これは戦国時代末に落城した伏見城っていうお城の床板でーす。武士とか姫さまとかお小姓とかがいっぱい自殺しちゃって血のプールができちゃってこんな血のシミになったんですねえ」
ポー子「あの顔は?」
黒メイド1「ハイご主人様。あれは伏見城主の鳥居元忠ってお侍さんのお顔でーす。この人は徳川家康の親友だったのに、なんでも家康が関が原の戦いを起こす口実を作るために無理矢理このお城の番をいいつけられてわざと敵に攻められたそうなんですよー。でもって家康の身代わりに死んじゃったのでその恨みの顔が今でも残っているっていうお話でしたあ、チョンチョン。では当店おすすめの特別ティーセットをどうぞ召し上がれ」
麗弥「うわあ、見て。カップの内側が鏡面仕立てよ。なんかおしゃれ」
黒メイド1「ハイ、これにフレーバーティーを注ぐと血天井の模様が動いているみたいに見えちゃうんですよォ」
ポー子「ふ。その悪趣味な店長はどうしてる?」
黒メイド1「ハイ、今日は用事で来るのが遅れるそうです。ではごゆっくり」
裁縫部2「おいしいわあ、これ。あれ? なんかこう、フンワカ気持ちいいよー」
麗弥「ほんとだ! なんかいい味。フラフラ~。ポー子も早くぅ」
ポー子「ほお、ではいただくか。う、これは薬物が入ってるぞ! レイヤ飲むな!」
ポタリと赤いしずくがポー子のカップに落下。やがてそれがポタポタと勢いをまして落ちてくる。見上げると茶色だった血天井が真っ赤に染まっている。
ポー子「くっ、薬と強迫観念による幻覚? いや、ちがう。本物の・・・血だ!」
落血は勢いを増しポー子の頭にふりかかりセーラー服まで真っ赤になる。
保子霊「ああ、私の体が血ダルマなんですぅ!」
ポー子「血が!・・・白い服が・・・真っ赤な血に・・・ああ、ヴァージニア!」
ネバモア「どうしました、ご主人さま! は? 何です? う、うたっている?・・・」
ポー子「(もうろうとした感じで歌う)
♪ ・・・闇の中のぼくには
一輪だけ 光る花があった
アナベル・リー
いとしのヴァージニア ♪」
保子霊「ポー子ちゃん・・・それ、もしかしてきのうの人のことなの?」
ポー子「(歌う)
♪ ふたりでサクランボ狩りの夏
ぼくは木の上 きみは木の下
白いスカートと微笑みを広げ
ぼくが投げるサクランボを待ってる
ふいに風が吹いた
きみの口からは 赤い血
サクランボをのせた白いスカートが
サクランボと同じ色に染まる
ぼくのたったひとつの灯台だった
きみの微笑み
夜よりも赤い血の海に
沈んでしまった 永遠に
消えた一輪の花
いとしのヴァージニア ♪」
保子霊「もう泣くのはやめてポー子ちゃん、それ以上泣かないで。わたし・・・わたし・・・耐えられないよ」
保子の死霊が柔らかく輝きだす。その姿が徐々にヴァージニアに重なってくる。すっかり心を奪われてそれに見入るポー子。いつのまにかゴスロリ双子が店のすみに姿をみせる。
ネバモア「あ! あいつら、あんなところに! 待て!」
双子を追うネバモア。逃げる双子。そのすきに血天井の血だまりからは鋭い刃が頭をのぞかせているが誰も気づかない。刃は一気にその長身を現しポー子の頭上を襲う。
保子霊(ヴァージニアの姿で)「あぶないっ! あなた!」
彼女がグイとポー子の腕を引く。刃はポー子のおでこをかすめ髪の毛を数本切りながらテーブルを貫通し床に突き刺さる。
女の声「きゃあああああ!」
黒メイド2「どうしたの? この声はどこから? あ、天井裏からだわ!」
女の声「きゃあ、誰かあ! 救急車を呼んでー!」
黒メイド3「屋根裏部屋よ! 早く!」
サーたん・タイたん「ちぇちぇちぇ! ナイフはそれたよ/それたよ。おまけに店は大騒ぎ/大騒ぎ。早く見つかりすぎだよ/だよ。これじゃあトドメはさせないよ/させないよ。しぶといやつめ、だが次は/次こそはチェックメイトだ、終わりだよ/終わりだよ」
(場面かわる)
店の屋根裏部屋で多数の警官が現場検証をしている。店長の死体は天井から垂れたロープに両足がからまり逆さ宙づりになっている。その右手には包丁が。現場をしきる秋葉原電街署の刑事・綾小路が黒メイドたちにいろいろ聞いている。床には血だまり。黒メイド数名がふるえながら遠巻きにしている。
綾小路刑事「よおし、ホトケさんをおろせ。ゆっくりな。でないとちぎれかけた首がとれちまう・・・おっと、話の途中で失礼。で、君が店長を発見したときはすでに血まみれと?」
黒メイド2「(まっさおな顔で)ハイ・・・」
綾小路「店長が握りしめていた包丁に見覚えは?」
黒メイド2「ハイ、ここのキッチンのです。この階の」
綾小路「キッチンか。君はその黒いメイド服より白いキッチンエプロンだけのほうが似合うかもなあ。ウフフフ」
黒メイド2「え・・・(真っ赤になってうつむく)」
警官1「なんだ、あのデカさん? やけにニヤついてるな」
警官2「あれ、知らないのかよ。例の若ダンナだよ」
警官1「若? ああ、長官の息子だっていう例の? だけど本人もエリートで実力派だって聞いたぜ? T大卒のバリバリキャリアで検挙率もダントツだって」
警官2「んでもってバリバリのロリコン」
警官1「マジ? じゃあ電街署なんてもろヤバいシマじゃねえの。なんでここに?」
警官2「本庁入り直前のほんの腰掛けだってよ。その検挙率ナンバーワンてのも電街署のお偉方がこぞってやさしいヤマをご贈呈さしあげてる賜物らしいぜ。お土産ってわけ」
警官1「なんでえ、やりたい放題かよ。やってらんないよ。だけど、おい、それじゃこのヤマまずいだろ? メイド喫茶の事故って通報だったけど来てみたら」
警官2「そうだなあ、コロシかもしんないもんなあ。ってゆーか十中八九コロシだもんな」
綾小路「ゴホン。君らに言われるまでもない。殺人事件の可能性大さ。そして殺人犯をあげてこそ真のエリート警察官といえるのだよ。さて、メイドさん!」
黒メイド2「ハイ!」
綾小路「なんでここにはベッドがあるのかね? キッチンまであるし、一体何の部屋?」
黒メイド2「おしおきの・・・・いえ、店長の休息室です」
綾小路「おしおき、そう言ったね! しかも自分のノドを包丁で切りましたというような不自然なシチュエーション。これは偽装殺人の線がきわめて」
ポー子「自殺です」
綾小路「誰だ君は? なぜここに入れた! なんでこの子も血だらけなんだ?」
警官1「店長の招待で来店したそうです。なんでも刑事にお話があるというので」
ポー子「はじめまして、平泉ポー子です」
綾小路「(おお! よく見るとモロタイプ!)ぼくに話とは?」
ポー子「あなたが百戦錬磨の達人とおうかがいしたものですから、折り入って」
綾小路「待った! まわりがぼくのことをそう言ってたの? よろしい、誤解のないようにハッキリ説明しておこう。君にはぼくを正しく理解してほしいからね」
ポー子「あ、それよりまずわたしの話を」
綾小路「(気にせずに歌いだす)
♪ ステータスはパワー
噂だけが真実
(バックコーラス警官隊)噂だけでヒトを見ようよォ~
オレの中にオレなどいない
ヒトの評価の中にだけオレが生きている
(バックコーラス警官隊)本人なんてノーリアリティー~
昔だって今だって
彼女だって成績だって
みんなが見てるのはオレの数字
偏差値こそがオレの心
(ちがうかい? ベイベ)
蹴散らせよ 登りつめろ
エリートだけが生きのびろ
(バックコーラス警官隊)踏み石踏み台おまかせを~
オレの中にオレなどいない
数字だけがこの世のリアリティー ♪ (歌い終わる)
おっと、すまん。でも最初が肝心だから。君とはながいお付き合いになりそうな予感だし」
ポー子「自殺です」
綾小路「え? ああ、そうか。でもどうして? 何か根拠でも?」
ポー子「もちろんです。こちらへ」
ポー子は部屋の片隅へ行きポンと壁をたたく。するとそこに隠し金庫が開く。中には白い何かを包んだビニール袋がいっぱい。
綾小路「なんだ、これは? おや、この匂い。まさか・・・おおっ、ストロベリー!」
警官1「け、刑事どの! 鑑識特別班よびますか!」
綾小路「あたりまえだ! 急げ! 最先端麻薬ストロベリー、末端価格グラムあたり数千万というシロモノだぞ。ほんものなら大ビンゴだ!」
ポー子「その麻薬はアキバあたりが流通源だと噂なんでしょう? ただし扱いがとてもむつかしいとか。死亡例もきわめて高いとポピィも言っているし」
綾小路「そのとおりだ。ん? そうか、こいつ服用ミスで錯乱してノドを? そういうことか! 死体の静脈を調べろ! え? 多数の注射あとがある? きまりだ・・・」
ポー子「それに、ほら刑事さん。こんなふうにほとんど首がとれかかっている。女の子ではそんなに深く切れないでしょう? もしできたとしても返り血がすごいはずです。でも発見者の服はきれいなものですよね」
保子霊「きゃあ、わたしの指でそんな死体に触らないでぇ!」
綾小路「たしかに。侵入の形跡もないし。それに常習者の錯乱例が多いので有名なヤクだ」
ポー子「すごい。噂どおりのかたですね。薬の発見だけでも大金星、かな? ウフーン♡」
保子霊「私の体で色目なんて使わないでください! こんなひとタイプじゃないですぅ!」
綾小路「(ドッキーン!) あ、ありがとう! 君は幸運の女神だよ! いずれお礼させてくれ。でも今はすまない。調べることがヤマほどあるんだ。今日のところはお引取りを」
ポー子は黒メイドたちに近づく。
ポー子「これであなたがたはもう疑われない」
黒メイドたち「あ、あの・・・・あり、がとう・・・」
保子霊「え? ポー子ちゃん、この子たちを救いたくてがんばったの? へえ、偉いねえ」
ポー子「でもぼくにだけはちゃんとした説明をしてほしいな。きのうのことも含めて。後でここへ来てくれる? きのうの人たちもね」
黒メイド1「・・・わかったわ・・・ほんとにありがとう!」
保子霊「え? これってなんか取引きっぽい? ちょっと、ポー子さん?」
ポー子外へ出る。裁縫部のメンバーが待っている。
裁縫部1「いよ~ポー子ちゃん☆ 待ってましたあ~ハハハ」
ポー子「みなさん早く帰ったほうがいいですよ。ティーに何か入っていたみたいですし、ここにいると警察に連れていかれることも考えられますから。私も着替えたいし」
麗弥「あ~ら、わたしはついていくわよン、ああ、フラフラ~」
(場面かわる)
ポー子のボロビル部屋。ポー子は湯上り姿。
ポー子「ふう、シャワーがあるのがこの部屋の救いだな。レイヤもスッキリしましたか」
レイヤ「しない。うう、なんか二日酔いみたいな・・・猛烈に眠いし。ちょっと寝ていい?」
ネバモア「あ、チャイムだ。彼女たちですね。でも危険ではありませんか、ご主人さま?店長の死はきっと彼女たちが」
ポー子「バモちゃんの嗅覚のおかげで例のクスリが発見できたけど、きみはすでに事件の核心までお見通しみたいですね」
ネバモア「バモちゃんはやめて! ご主人さままで、もうっ!」
保子霊「え? 原因はメイドさんたちってどういうことですぅ? それに何の用で彼女たちを呼んだの、ねえねえ? あ、レイヤったらもう爆睡してますですね」
黒メイド服のまま数人が入ってくる。
黒メイド1「こんにちは。まあ、変わった部屋だこと。あ、ごめんなさい。さっきはありがとう。店長が急にあんなことになって私たちただもうパニくっちゃって」
ポー子「ぼくにはかくさなくていいのですよ。警察には自殺と信じさせてありますから」
保子霊「ポー子ちゃんたら、それじゃまるでメイドさんたちが店長を殺しちゃったみたいに聞こえるじゃないですかぁ。失礼なのですぅ」
黒メイド1「・・・私たちがかくすって、何を・・・・」
ポー子「ぼくは店長の死に誰が責任があるのかなどということには興味はないのです。ただ血天井のことをもっと知りたいだけなんです。まずあの部屋の正体を知りたいな」
黒メイド1「(動揺する)それを知りたいから私たちを警察から守ったの?・・・いいわ、あの部屋はね・・・」
黒メイドたちはいっせいにナイフを取り出しポー子とネバモアと寝ている麗弥の首に刃を押しつける。
保子霊「あわわわ! わ、わたしの体を大切に!」
黒メイド1「誰かひとりが逆らっても残りの人の首がとぶよ。それやるの、もう初めてじゃないんだから! ポー子さんだなんて変わった名前ね。でも推理のほうは確かだわ。そうよ、わたしたちよ! だって!」
ポー子「だって彼はあなたがたが知らないうちにストロベリーの流布に協力させたうえにあなたがた自身もクスリづけにした」
黒メイド1「黙って!」
ポー子「あの部屋は店長特製の教室なのでしょう? いかがわしいサービスや麻薬商売への加担を拒否したあなたがたをしばるための」
黒メイド1「や、やめて、黙って・・・やめて、店長、そんなことは・・・やめ・・・」
ポー子「あのキッチンでクスリを何かに混ぜて飲ませ、あのベッドで」
黒メイド1「やめろー!」
ポー子「首を切る前にひとつだけ教えて! なぜ客で混む昼間にやったの? しかも部屋のあんな真ん中で? すぐに血が下へもれてしまうのに」
黒メイド1「知るもんか! ふん、声さ」
ポー子「声? なにか声が聞こえたとでも?」
黒メイド1「ほお、さすがだね。そのとおり! つらい、くるしい・・・そううめく男の声がね。まるでわたしの恨みを代弁してくれているみたいに、苦しい苦しいって。わたしはその声のするほうへ行った。そこにはちょうど店長が立ってわたしをいやらしい目でみつめている。そのときよ、今だ、やれっって声がしたわ!」
ポー子「ではあの長い刀は誰が!」
黒メイド1「長いかたな? ナイフだよ、今もっているこれだよ! よく切れるんだよ? 自分でも驚くほど力が出た。みんなの恨みが力を貸してくれたんだ。ハハハハ、いいざまだ。わたしたちが家出人だからってやりたい放題やりやがって。見たか? 叫び声もあげずに自分の血におぼれて死んでいった、ハハハハ」
ポー子「なぜ救急車を呼べなどとわざわざ大声で知らせたの?」
黒メイド1「え? わたしがそんなことした? うう、頭が痛い。どうでもいいじゃないか、そんなこと! あんたが死んでくれたら世間も忘れてくれる。それだけだ!」
ポー子は素早い動きで黒メイドの腕をすり抜けて寝ている麗弥の傍らのメイドに足払い。そして麗弥をかばう。
黒メイド1「逆らったな! ポー子はほっとけ。 みんな! そのメイド小僧を串刺しにしろ! どのみちみんな死んでもらうんだ、まずそいつからだ。後悔しろ、ポー子!」
黒メイド全員がネバモアを刺す。
保子霊「きゃあ! バモちゃんが!」
黒メイド2「あら? 手ごたえがヘン。バサッバサッって、なんか羽みたい?」
ネバモア「ふふふ、生身の人間にわたしを刺すことはできない。わたしの実体はコトバ。ご主人さまがつむいでくれた言葉がわたしなのだから」
少年メイドの両腕は巨大な翼と化し、ひとなぎですべてのナイフをはねとばす。あばれる黒メイドたちを次々と倒し部屋を制圧。ネバモア大ガラス殺法。
ポー子「ひゅう、すごいじゃないか。で、感触はどうだい?」
ネバモア「は? 感触、ですか? そういえば人間らしからぬ妖気めいたものが感じられますね」
ポー子「今も?」
ネバモア「あれ、変だな。その感触が消えている。ご主人さま、こいつら何者です?」
黒メイド1「うう・・・」
ポー子「しっかりしなさい」
黒メイド1「ああ? ゆ、ゆるして店長さん! それはやめて! どんな仕事でもしますから、辞めるなんて言いませんから、ベッドだけはいやだあ!」
ポー子「心配しないで。店長はもういない」
黒メイド1「(目を覚ます)・・・ここは? あなたがたは誰です?・・・あっ、たいへん! 早くお店へ出ないと店長にまたあの部屋へ連れていかれる! 早く!」
ポー子「いいんですよ、もう。店長はいない。死にました。あなたがたは自由です」
黒メイド1「そんなこと、まさか・・・」
ポー子「ほんとです。お店へ帰って確かめてごらんなさい。さあ」
黒メイドたちは全員きょとんとした様子で外へ出て行く。
ネバモア「どういうことです?」
ポー子「記憶が跳んでいる。犯行時の意識がない。というか彼女たちを誘導した者がいる」
(場面かわる)
捜査の依頼人である鳥居老人と電街署の綾小路刑事が二人で秋葉原の町を歩いている。
綾小路「ふうん、それでポー子ちゃんに調査を依頼したっていうわけですか。でもなあ、それってあの超有名な京都のお寺の血天井でしょ? そんな盗難届けが警察に出たって聞いてないし、この話、なんだかなあ。ほんとはあんたもポー子ちゃんの魅力にぞっこんで知り合うためにそんな話でっちあげたんじゃないんですか? まあわかるよ、その気持ち」
鳥居「あんた! ほんとにそれで電街署デカのエースきゃあも? おみゃーさま、二重の意味でこの盗難事件がわかっとらんでかんわ」
綾小路「なに!」
鳥居「まず第一にこの盗難には間違いなくこの土地特有の魔法も真っ青ちゅうハイテクが関わっとるだぎゃあ」
綾小路「だ、第二はなにかね」
鳥居「第二はの、このわしの切羽詰った真剣さがちーともわかっとらんがね! あの血天井はね・・・・・・わしの心の痛みだぎゃあ!
(歌う)
♪ 友に捨てられ 裏切られ
あげくのサービス 大量出血ぅ~
(イエヤスのバカヤロー! by 落城武者・腰元姿のバックコーラス)♪」
綾小路「歌うか、おっさんが! てかバックコーラスをパクるなよ!」
鳥居「(歌う)
♪ 友よ
幼いころからお風呂も一緒
ボーイズラブまで一直線
(オーマイ イエヤス マイハニーイエヤス by バックコーラス)
ところがどうだい ドタン場で
あいつはひとりで天下取り
おいらは踏み台 自分の血ヘドにはいつくばい
(ジコチュー イエヤス ファッキューファッキュー by バックコーラス)
見ろよトウキョー
オリエンタル メガロポリス
もとをただせば江戸の町
ぼくらふたりで作ったんだよね~
あー ロンリー
抜けぬ悲しみ
おー ブラッディー
消えぬ血のしみ
恨みだけだよ
おいらの存在理由ぅ~
(ロンリーブラッディーマイハニー イエヤス~ by バックコーラス)
ジャジャーン イエイ ♪」
綾小路「いまどきジャジャーンて終わるなよ! てかイエヤスって誰だよ、そりゃあ!」
鳥居「イエイ」
綾小路「もういいんだよ! 満足ですか!」
ゴスロリ双子「フフフ、その恨み、店でちょっと使わせてもらったよ?/もらったよ? でもあと一息でしくじっちゃったけどね/けどね。もう一度使っていいかな?/かな?」
綾小路「ほえー、ちっこくて、かわいいー!」
鳥居「何やつじゃ! うむ? ぬしら人外の者か!」
双子「あなたみたいにね/みたいにね」
綾小路「どうしたじいさま、その言葉遣いは? この子たちがあんまり可愛いんでとちくるったんですか?」
鳥居「逃げなされ、綾小路どの! 妖魔の手に落ちる前に! はよう!」
綾小路「ど、どうしたんです。その真剣なお顔は? これからポー子ちゃんのとこへお礼に行くっていうのに、おでこにそんな血管ふくらませてたら嫌われますぜ?」
双子「へえ、サーたん、こっちのひとポーに劣情だね/だね。だったらこっちの器はタイたんが使っちゃう?/使っちゃう?」
綾小路「おっ? 何するんだね? いてて! なるほど、ただの子どもじゃないってわけかい? それならお兄さんも遠慮なく緊縛しちゃうからっ。とおっ!」
綾小路が取り出した手錠には長い捕り物用の縄がついている。その道具をまるで生き物のように自在に繰り出し双子に抗戦する綾小路。
双子「そうこなくっちゃ/こなくっちゃ。出仕上げだね/仕上げだね。アンドゥトロワ」
鳥居・綾小路「うわっ、ノドが、うぐぐ・・・・・・ぐわあああああ!」
(場面かわる)
ポー子のボロビル部屋を鳥居老人と綾小路刑事が訪問する。二人とも目がうつろ。
鳥居「・・・では、事件は解決したと?」
ポー子「ええ、すべて解けました」
鳥居「ほお、すべてとな・・・では報告を・・・つつみかくさず・・・すべてを・・・」
ポー子「なるほど。細大漏らさずですね。わかりました。では少しお待ちください。ぼくの推理脳を全解放しますから」
まばゆい光とともにポー子はポピィの姿に。ただし服装は占い師のような黒尽くめのロングドレスで手にはドクロ頭のステッキを持つ。胸元と肩だけが露出。口調も変わる。
麗弥「うわあ、エロシブいわあ。やっぱりポー子は裁縫部向きだよ」
保子霊「ええ? これ、わたしの体じゃないですぅ! 誰なんですか、わたしィ!」
ネバモア「あ! ご主人さま、そのドクロは!」
ポー子「もちろんワタシのだよ、ワタシそのもの。ふふふ」
ネバモア「ポー様の頭蓋骨、残っていたのか・・・・・・」
ポー子「わたしね、血天井から大量の血が降り注いだときに、おかしい、と思ったの。だって普通の厚さの板なら血がしみてから漏れ出すまでもっと時間がかかるはず。でもあれは流されたばかりの鮮血だったわ。おそらく店長を逆さづりにしたのも板が薄いのが理由だったのよ。そのまま上に倒れたら死体ごと下に突き抜けてしまう・・・そう考えざるを得ないほど薄い板なのよ」
鳥居「・・・だから?」
ポー子「このアイドロイド・ポピィを出力したスクリーンの製造会社は最先端機器デザインメーカーなの。その製品ラインアップに極薄型化技術カテゴリーというのがあるわ。その中のひとつが木でも金属でも何でも超薄くカットする電脳カッターって」
鳥居「極薄のカンナ・・・」
ポー子「名画の表面さえはがすように切り取れますというキャッチコピーですもの、板の一部くらい削ってもオリジナルはびくともしない、見たくらいじゃわからないんじゃないかな? つまり盗まれているのにオリジナルは残ってる。アリバイ成立ってわけ」
鳥居「・・・それではカフェの血天井はニセモノと言いたいのか? バカな・・・」
ポー子「いいえ、本物よ、もちろん。ただ、店長は本物の場所を移さずに本物を盗みとったというだけ。ハイテク技術が真贋をあいまいにする好例ね。だから立派に返還請求できるわ。一件落着よ。ご満足ですか、依頼人どの?」
綾小路「・・・絶好調というわけですかな、ふふ。ついでに店長変死事件のカラクリも究明していただけませんか。なんでまた昼日中の店であんな派手な自殺を・・・」
ポー子「え? いいのかな、鳥居さん? 構わないの? ふーん・・・じゃ、いいっか。あれはね、あの時間、あの場所でなければいけなかったの。だってわたしがあのカフェに着いたのがあの時間だったから」
綾小路「ほお? まあいい、そんな変な理由が仮にあったとしよう。だが一体どうやったらちょうどそのタイミングで死ぬように人を誘導できるのかね? 刑事として知りたいのはそっちの技術論だよ。あてずっぽうでやられちゃかなわんのだ・・・」
ポー子「普通に考えたら不可能な話よね? でもあの血天井の板には強い意志がこもっているの。その恨みはすでに店長を悩ませていたはずだけどあの時はいつにも増してその恨みは増幅されていた。その強い恨みの意志が店長をあんな逆さづりの状態にさせ遂には、今だ! という声をあびせかけ首を切らせた」
綾小路「ふひゃはははは! 何だ、その解説は! 笑わせる」
ポー子「そ、そりゃ常識はずれなお話よ、わかってる。でもね、ここにいる鳥居さんの正体を知ったらね、そんなこと言えなくなるんだから!」
綾小路「ひひゃははは。そんなことじゃねえんだよ、お笑いぐさは!」
ポー子「え?」
綾小路「あくまで黒メイドたちのコロシの罪をかくそうっていうコンタンがしゃらくせえんだよ! 社会的弱者をかばうためには正義を曲げてまで盾になる悲壮な決意? ワタシはなんていい人なんでしょうってか? ぺっ! この自己満足の偽善者が! 刑事ふぜいをケムにまくぐらい朝飯前でございます、か? 誰よりも優れた頭脳ですというそのうぬぼれが笑わせるっていうんだ! 調子にのるなよ若造が!」
ポー子「誰・・・あなた?・・・」
ポー子におそいかかる鳥居と綾小路。それぞれが長剣を縦横無尽に振りまわす。ポー子はドクロステッキ片手にポピィの姿のまま応戦する。
大激戦。
しかしポー子惜敗。ふたりに組み伏せられ、足で踏みつけられる。
ネバモア「ご、ご主人さまに何を! こいつ!」
ネバモアが襲いかかるが鳥居と綾小路が放つ長剣で両翼を壁に縫い付けられる。
綾小路「カラスもよく聞いとけ。この血天井の怨霊のおっさんを利用したのは事実さ。だがな、今だ、店長を殺せ! という合図を出したのはわたしたちなのよ!」
ふいに鳥居と綾小路はバッタリ倒れてしまい、そこにゴスロリ双子が立っている。
双子「こいつら何にもわかってないよね、サーたん/わかってないよね、タイたん/こんなバカ殺そうか/殺そうか。どっちから/どっちから。カラスから/カラスから。手加減なしで/慈悲なしで」
ズタズタに切り裂かれるネバモア。
双子「とどめ、めんどい/あーあ、めんどい。早く死んでよ/死んでよ」
双子はネバモアの首を切断する。首は床に伏すポー子のところへ転がる。麗弥は失神。
保子霊「バモちゃん!」
ポー子「う・・・ネバ・・・モア・・・」
ネバモアの首「す・・・すみませぬ、ポー様・・・」
ポー子「ネバモア!」
双子「きゃきゃきゃ☆ まだまだしゃべるよ!/まだまだ動くよ! キモいね、きゃきゃきゃ/きゃきゃきゃ☆ こんな面白いのはボルティモアでまぬけなポーを夜中の道端にころがしてやったとき以来だね/だね。それともヴァージニアっていう小娘の胸を風の剣でこっそり刺してやったとき以来かな/かな。派手に血を吹いてサクランボが台無しだったよ/だったよ。かわいそうなサクランボ。きゃきゃきゃ☆」
ポー子「くっ、やはりおまえたちが。なぜ・・・なぜなんだ!」
双子「やっぱりバカだよ、こいつ。そんなこともわからないの/わからないの? この世の恐怖を支配するのはわたしたちだけ/わたしたちだけなの、すべての恐怖の美酒を味わっていいのは。だからお前は邪魔/わたしたち以外に恐怖を生み出すおまえは邪魔、いらないの/いらないの。消えてよ」
ネバモア「聞いてポー様、ぼくは・・・ぼくは・・・」
双子「あはっ、まだしゃべってる/しゃべってる。どこまでしゃべるか聞きたいよ/聞きたいよ、ひひひ」
ネバモア「ぼくは・・・まだまだ生まれたばかりだった、あなたの詩の中で。なのにあなたは先に死んでしまって。ぼくは・・・ぼくはもっとあなたといっしょに生きたかった。ぼくはポーとまだまだいっしょにいたいんだよ! でも・・・ついていけなかったね・・・
(絶歌をつぶやく)♪ ポー あなたの人生は負けの連続
みじめな雨降りの日々
ポー すべてを失ったあなた
仕事を酒でつぶし
かわいい奥さんを凍えさせた
あなたの幸運はネバーモア 二度とない
あなたの喜びはネバーモア 二度とない
なのにポーは与えてくれた
生きる喜びすべてを ぼくに
だからテーキット ぼくの命
今こそテーキット 最後のチャンス
使ってよ ぼくの首
それだけが ふたりの絆
早くしないとチャンスはネバーモア 二度とない
おねがい 後悔なんて ネバーモア・・・(消え入る)」
双子の哄笑の中、ポー子はステッキ下部の槍状の部分でネバモアの首を思い切り突き刺し貫通させる。ひしゃげて完全に息絶えるネバモアの首。
双子「おう! おう! おう! ヒハハハハ! これはグロいぞ/グロいぞ。笑えるよ!」
ポー子「・・・おまえたちにはない・・・ないんだな、何も。守りたいものなんて、これっぽちも・・・だったらおまえたちの未来も二度とない!」
ポー子のステッキはまがまがしい瘴気を発し変形していく。いつしかステッキは極端に刃の長い大鎌になっている。その先端にはやはり先ほどのドクロがついているが頭にはまばゆい金色の王冠をいただいている。
双子「ひ・・・こいつは・・・死神殺しの鎌?/死神殺しの・・・そんなもんこんなとこにあるはずない/ない。ないないないよ! ああ、こっち来るな/来るな来るな来るな!」
ポー子「首に報いるのは首だけ。そうだろう?」
ポー子の振る大鎌から必死に逃げる双子。あらん限りの手段で対抗するがむだで、ついに双子は首を刈り取られる。勢い余った大鎌はうろうろしている保子の死霊も真っ二つに両断してしまう。部屋から消失する双子の体と首、そして保子の死霊。
ポー子「まだ終わってなんかいない・・・仕上げの一撃だ」
なぜか大鎌でネバモアの首なし死体を派手に突き刺すポー子。するとドクロからは王冠が消えて大鎌はもとのドクロステッキに戻り、ネバモアの姿も元に戻る。
ネバモア「ああ・・・生きてる?」
ポー子「当然だろ? きみの作者が生きていれば何度だってリニューアルできるさ」
ネバモア「ポー様、ありが・・・ありゃ? どわあああああ! な、なんですか、この超ミニスカートは! おまけにストリングの下着? それだけはやめてええええ!」
ポー子「レイヤ起きて。いま起きないと一生後悔しちゃうよ?」
麗弥「うーんんん。何? え・・・おひょうううう! ミ、ミニスカ少年めいどおおおお!」
ネバモア「いやあー、見ないでー! そのよだれ何とかしてえー! 近くへ来ないでー!」
鳥居「たいした力だなも、お嬢さん」
ポー子「おめざめですか? 血天井はそこでいびきをかいている刑事さんに頼めば正式に返してもらえますよ」
鳥居「ありがとう。やはりもとの場所でないと落ち着かんぎゃあ。でも、さみしいもんだなも。失った大切なものの影だけを永遠に追うというのも」
ポー子「ぼくはいずれ取り返してみせますよ、ヴァージニアとの幸せを。いつかきっと。それにそんなに大切なものがあるって幸せなことじゃありませんか? お互いに」
鳥居「え? そうきゃあ。確かにそうだなも。はははは」
(場面かわる)
しばらく後。ポー子のボロビル部屋に商店街の会長が来ている。
会長「ポー子ちゃん、ほんとにご苦労さん! 依頼主は大喜びで帰ってね、支払いがものすごいの。それも慶長小判・大判で支払いという粋なおかたじゃったわい。商店街もおおもうけだからね、ポイントも大サービスだよ」
ポー子「うわあ、こんなに! ありがとうございます☆」
会長「そこで商店街からも感謝のしるしとして記念品を贈呈したいと思う。はい、どうぞ」
ポー子「へえ、この箱に入ってるんですか?」
会長「そう。何にしようか迷って麗弥ちゃんに相談したら即答だったもんで揃えたよ」
麗弥「ほら、ポー子ったらアレが大好きじゃない? それにすっごいポー子っていうかポピィコスプレのあんたに似合ってるアイテムだから、これで決まりかなって」
会長「さ、はよ開けなさい」
ポー子「そりゃ楽しみだなあ。どんなアイテムが・・・うええっ! う、うーん、ブクブクブク(泡吹いて倒れる音)」
会長「ど、どうしたんじゃ!」
麗弥「ポー子! しっかりして! あんたの好きなドクロアイテムだよ。実物大の! よく見てよ、ポー子!」
ネバモア「あーなるほど。ドクロですか。うわあ、真っ赤に塗ってありますね」
会長「血天井事件の解決記念だからね、やはり赤じゃろう?」
ネバモア「ご主人さまは血の色が大の苦手なんですよ。それにこのドクロは何かおしゃれしてますね? イヤリングかな」
麗弥「ポピィっていつもおしゃれな小物身につけてるでしょう。だから似合うかなって」
会長「それに季節感も出したいからのう。今はなんといってもサクランボじゃよ」
ネバモア「サクランボと鮮血の色。これ、ご主人さまの恐怖の源泉なんですよ、ふう」
(場面かわる)
秋葉原駅の屋根から双子が望遠鏡でのぞいている。ただし首の向きに違和感あり。
サーたん「あらあら、あいちゅアワふいてひっくりかえったでちゅよ。いい気味!」
タイたん「ひっくりかえったのはサーたんの首の向きでちょ。みっともないったらありゃちまちぇん」
サーたん「なんでちゅって! キミだってまだちゃんと頭ついてないでちゅ! ほら、今グラグラってしたぁ。線路に落としたらどうなるのかちら、フフ」
タイたん「うっちゃいわねえ! 大鎌のせいで結界の外に弾き飛ばされたからうまく力がふるえないんでちゅ。逃げるだけでいっぱいいっぱいだったでちょ? あたちたちが死神だったら完全におちまいだったでちゅよ。 ねえちょっとキミ、ちゃんと人の顔みて話を聞こうでちゅ? どこ向いてまちゅか!」
サーたん「聞いてるじゃん! 耳をそっちに向けると体が反対の方向いっちゃうでちゅ! なんでちゅか、このブス女」
タイたん「なんでちゅか! あたちがブスなら双子のキミもブスでちゅよ! そんなこともわからんでちゅか、ボケ!」
サーたん「お姉ちゃまになんて口きくでちゅか!」
タイたん「お姉ちゃまはあたちでちゅよ!」
喧嘩する双子の横で保子の死霊が嘆く。
保子霊「なんでわたしまで結界外なんですか~! どうして中に入れないんですか~!
わたしの体を返してですぅ~」
(終わり)