燃え尽きるまで
僕はうとうとしていた。意識はまどろんでいた。夢を見るほどではなかったが、現実感を失っていたのは確かだった。
ふと、目が覚めると、僕は自分がどこにいるかを悟った。カントのカテゴリの理論…夢は、カテゴリに当てはまらないから現実ではない、というような理論…しかし、要するに、僕たちはただ種々の夢を見るという事ではないのか。
僕のいる場所は図書館だった。ここは図書館だ…近所の図書館。僕は赤いふかふかした椅子に座っていた。どうして赤いのだろう? 赤い椅子に座ると、心理学的に「プラス」の効果でもあるのだろうか?
部屋を見回すと、勉強している学生とか、歴史小説を読んでいる老人とか、漫画(漫画も置いてある)を読んでいる小学生とか、色々な人達がいた。ああ、そこには実に色々な人がいた。
僕の膝には一冊の文庫本が載っていたが、どうしてそんなものが載っていたのかわからない。そんなもの読まなくていいのに。
僕は…本を返そうと立ち上がって、急に、自分がどこにいるのかわからなくなった。本を返す? …一体、どこから借りたのだ? 借りたものは返さねばならない。だが、僕は世界から何一つ借用していない。僕は本を赤い椅子の上に置いたまま、そこを立ち去った。
ここはどこなのだろう? 僕はさっぱり、わからなかった。エスカレーターを降り、出口に近づいた時、丁度話しかけやすそうな誰かが正面からやってきたので、話しかけた。そいつに。
「すいません」
そいつは、こっちを見た。驚いているようだった。
「ここはどこでしょう? 場所が、わからなくなってしまって。ここは…なんていう所なんですか? 名前はあるんでしょうか?」
そいつは、あからさまに困った顔をすると、目を伏せて、「すいません、ちょっと…」と言って、僕の横をすり抜けていった。おいちょっと待てよ、人が丁寧に頼んでいるのにその態度はなんだよ。そう言おうと思ったが、ぐっとこらえて通り過ぎた。
自動ドアが開けて、建物の外に出た。外ーーそうか、ここは外か。僕は「外」に出られるんだ。
僕は眩しい日差しのする方に向かって歩いていった。そうして今が、昼だという事が僕にもわかった。そうか、今は昼なんだ。昼。生きていくにはそれだけの知識があれば十分だ、と僕は考えた。僕は目覚めた。覚醒した。そうして太陽の方向に向かって歩いていった。太陽が燃え尽きるまで歩いてくつもりだった。




