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結果がどれでも上手く行くならそれで。


 バイトの大学生倉科にペースを奪われた気がしてならない。年下に好き勝手された上に、あんなキスをされたなんて思い出したくもない。一夜だけの関係で振り回されるのは勘弁。


「お早う、金谷さん。聞いた?」


「お早うございます。何がです?」


 いつも通りの朝。出社して、狭い通路を通り過ぎて更衣室へ行く途中に同僚さんに声をかけられた。いつもなら、朝一でわざわざ体当たりを仕掛けて来る学生がいたはずなのに、今日はそんなことも無くスムーズに来られた。


「大学生の男の子たちが一斉にやめたらしいよ?」


「そっ……そうなんですか? 全員ですか? あの、あれ、背の高い彼も……」


「金谷さんにぶつかってたあの彼が一番やる気見せていたよね。でもやめるのはアッサリだよね。部長のお気に入りだったらしいけれど、何か残念だよね」


「そ、そうですね。残念……ですね」


 あいつ、やめたんだ。そ、そうだよね……所詮、そんな関係に過ぎなかったはず。別れてもいなければ、付き合ってもいなかった。アラサーの私が何を今さら期待していたのだろう。


 関係を重く受け止めていたのは私だけであって、キスにしてもそれ以上のことでもそう、ただの通過点に過ぎなかったのだと思い知った。ずっと勤める自分と違って、所謂その場しのぎのお小遣い稼ぎな学生には、私という女なんかは重たかったに違いないんだ。


「はぁ~~……」


「深いため息なんかついたら――」


「いえ、もうすでに逃げられてますから。そういうのは慣れっこです」


 そう。ため息と幸せの関係性なんて、もう関係がない。倉科洋太を初めとした大学生は、元々期間限定で入ったことを後で聞かされた。だからといって、個人情報云々で個人的なことは聞けるはずもなく、あいつのことは中途半端に心だけをかき乱されたまま、私の恋は終えた。


 忙しすぎる会社で、単純な動きの繰り返しを黙々とこなす日々が過ぎ去っていく。ウチの会社はしばらく新人が入って来ていない。それは小さな会社ということもあるし、覚えてもそれ以上はないくらいにやることは同じだからだ。


「金谷さん、ちょっといいかな?」


 日常会話が乏しい日の冬、部長に呼ばれた私はまた同じ過ちを起こしてしまいそうな話を聞いた。


「――ということで、来年度は若い奴を入れるから金谷さんが面倒を見てやってくれ」


「は、はぁ……私で良ければ頑張ります」


 期待のない期待。男か女かなんて特に気にも留めなかった。新人が入る=私はお局であり、教育係なんだと自分で認めるしかなく、恋や愛に希望を抱く……そんなことにはなるはずがなかった。


 春まで一度も来ないわけではなく、一定期間は研修に来るらしく今日がその日だった。思えばあの日以降は、声を張り上げることも無ければ怒ることも無い、そんな日々を淡々と過ごしていた私だった。


 それなのに――


「そこ、邪魔ですよ? えーと、アラサーさんだっけか」


「あ、すみませ……は? 今なんて言った? というか、あなたこそ通路で立ち塞がってバカじゃないの?」


「悪いね、俺、デカいんで! みつきこそ随分と老けたか?」


 3人も通れない狭い通路。そこで誰かとすれ違うにはお互いに、遠慮をしなくてはいけない。それなのに、どうしてこいつはぶつかってくるのだろう。というより、何でいるの?


「老けてません! 何で暇人がここに遊びに来てるわけ? 倉科洋太!」


「おっと、ここで口論するつもりなんて無いな。外へ出ろよ、みつき」


「さん付けしろ! 年下の学生が!」


「みつきさん、どうか外へ……これで満足?」


「うるさい!」


 まさか新人ってこいつ? そうだとしてもどうしてコイツが来たのだろう。何度も首を左右に動かしながら、瞑っていた目を開けた。


「――っ! ちょっ! な、なにすん――」


「何って、挨拶。それと慰謝料的な奴」


「キスで許すとかふざけんな! というか、黙ってやめていくとか聞いてない! 何とか言え!」


「おーこわっ! 相変わらずキツイな。そんなんだからじゃね?」


「……そうだけど何か? 意地を張ってもいいことないし、見栄を張っても張る相手もいない。だから何?」


「会いに来た。みつきに」


 ――は?


「好きになった」


「や、気まぐれでしょ? たかが一夜くらいで何をイキってるわけ?」


「理由なんて無いし。好きになるのに何かを言われたいのかよ? それとも、また塞ぐか?」


「好きにすれば?」


「じゃあそうする」


 倉科のキスを待つのに目は閉じない。そうしながら腕組みをしながら仁王立ちをしていた。していたのに、コイツは迫ってくる勢いを衰えさせない。嘘でしょ? 何で私にこんなことを――


「って、思ったけどお預けな。春からいくらでもするし、してやるし。よろしくお願いしますよ? 先輩さん?」


「さ、させないし。しない。後輩ならなおさら拒む」


「可愛くねー」


「そういう年じゃないんで。残念ですね!」


「いや、可愛いし。みつき、俺にしとけ。もう我慢しないしさせない。とりあえず春が来る前によろしく! あ、我慢できないなら襲ってもいいから」


「バカなの? しないし! でも、部屋に来たいなら来ればいいし……洋太がいいなら」


「もち。じゃ、よろしく、みつきさん」


「ああ、もう! 仕事溜まってんだから早く中へ戻れ!」


「俺も溜まってるけど? それはまぁ、後ででいいや」


「仕事舐めんなよ?」


「へいへい」


 これは始まり? それとも厳しい始まりなのだろうか。ずっと未遂で終わって来た恋が、ようやく始まろうとしているかもしれない。そんなバカげた期待をさせる彼の為に、私は恋愛を頑張ろうと思う。


「未遂で終わらせねえよ? 最後までシてないしな」


「バカじゃないの? 好きになるまでさせないし」


「……好きなんだろ? すでに」


「好きですけど、文句ある?」


「はい、確定!」


「仕事しろ! ばか……」

お読み頂きありがとうございました。


実際はこんなうまく行かないことが多いですが、オフィスでの恋はこういうこともあるので、書きました。

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