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そして、夜が過ぎ、朝が来た。眩しいと思っていると、セリーヌが心配そうな顔付きで部屋に入って来た。
「エリーゼ様、ルシードに何かされましたか?」
「えっ? ルシードに?」
「何もされていないようですね、よかった。城下町で、エリーゼ様とルシード様を見かけた方がいまして……」
「見間違いよ、私は、ぐっすり眠っていた物」
「そうですか」
セリーヌは怪しい物を見る目でこちらを見ている。
「それよりも、お父様に話があるの」
「わかりました。許可を取ってきます」
セリーヌが部屋を出て行くと、髪を結って鏡を見た。
(少し、不安そうな顔しているわ、しっかりしなくちゃ)
☆ ☆ ☆
しばらくして、セリーヌが戻ってきた。
「今すぐ、来てくださいとおっしゃっていました」
「そう、それなら、行きましょう」
珍しく、王様に会うのにも失礼の無い、立派なドレスを着ていたので、迷わずそう返事した。
「お父様」
「入りなさい」
中へ入ると、王様はくたびれていた。
「どうしたのですか?」
「いや、ちょっとしたイタズラをされてね」
「そうですか」
エリーゼは、少し黙って、こう切り出した。
「そのイタズラって、カール公爵が関係しているのではないのでしょうか?」
王様は慌てて。
「なぜ、それを?」
「カール公爵が、アーヌスト王国を売ろうとしていると言うウワサは、本当だったのですね?」
王様は少し考えて。
「そうだ。だが、カール公爵も阿呆ではない、今すぐ売ってしまったら、アーヌストが崩れてしまう事は、わかっているだろう。だから、この先、五年後、十年後の話かもしれないんだ」
「お父様は、それが最善の策だと思っているんですか?」
「いや、国は売らない方がいいだろう」
「困ってしまいましたね」
「エリーゼなら、どうする?」
「……考えてみます」
王様の部屋から出て、書庫に向かった。
(カール公爵の行動、全く気が付かなかった。こういう時、どうすればいいのかしら……)
ふと、本棚に引き寄せられた。
『アントナイト』そう書かれている。
(そうよ、困った時は、アントナイトよ!)
エリーゼは、思い立って、外へ走り出した。
「アルー」
大声でそう叫んだ。
「来るわけないか」
そう思って立っていると、庭の茂みがカサカサと動いたような気がした。カサカサ、カサカサとだんだん音が大きくなる。
(もしかして、何か入りこんだ?)
エリーゼは、少し震えていると。
「呼んだかな、エリーゼちゃん」
笑顔を浮べているアルーが、目の前に立っているではないか。
「どうやって、中へ入ったのよ」
「ちょっとしたテクニックで中に入ったんだよ。僕、手はとっても器用な方だから、その位簡単だよ」
「手は器用って? 門番は?」
「だから、手を使ったんだよ」
アルーの言っている事は、少し意味不明だ。
「まあ、いいわ、あなたの情報、間違いはなかったわ。五年後、十年後にこの国をつぶさないために、探したい物があるの」
「ふ~ん、それで」
「アルー、あなたにも付いて来てほしいの」
「あはは、OKに決まっているだろ、エリーゼちゃんかわいいもの、でもね、もう一人位、力のある奴が欲しいな、僕じゃあ、自分しか守れないから、旅ってそう言う物だしね」
「もう一人、力のある人……」
頭に思い浮かんだのがルシードだった。
「あっ、わかった。この前の怖いお兄さんだね」
「……その通りよ、と言うか、ルシードは怖い人じゃないわよ」
「どうかな? まあいいや、そのルシードさんにお願いして、旅に出かけますか? エリーゼちゃん」
「ええ、旅に出るわ」
エリーゼの行動は、半ば家出だった。
『必ず国を救います。それまでは帰りません。 エリーゼ』と書き残し旅に出た。街中も、姫失踪のニュースが飛び交っていた。
「さあて、ルシード、アルー、次は、どちらに行けばいいかしら」
街の中で、渦中の人物はフードをかぶり、堂々と歩いていた。と言うのも、隠すよりも、堂々としていた方が見つからないと言うアルーの助言からだ。
「とりあえず、北に行きましょう」
「あんたがそう言うなら、僕は付いて行くよ」
アルーがルシードに向かってそう言った。
「決まりです。北に行きましょう」
方位磁石の赤色が示す方へ歩き出した。
(これから、アントナイトを探す旅が始まるのね)
エリーゼは、気が引き締まる思いだった。
☆ ☆ ☆
そして、乗合馬車をみつけ、乗ることになった。ガタガタ揺れる馬車の、乗り心地は最悪だった。
「良く揺れるわね」
「それは、庶民の乗り物ですから」
アルーは、少し皮肉ってそう言った。
「エリーゼ様は、庶民の乗り物になど、一生縁がない方だったのだぞ、仕方がないではないですか」
「ああ、ルシードさん、身元ばれますよ」
アルーは、つまらなさそうに言った。
「次の目的地まで、カードゲームでもしますか?」
「アルー、エリーゼ様は、気絶なさっております。寝かせてあげましょう」
「そうだね、エリーゼちゃんにしてみれば、大きな決断だったのだろうから」
アルーは、優しく微笑む。