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次の日、試験をするために洞窟に呼ばれた。そこは、一本のつり橋があり、どこまでも続きそうな闇があった。
「下も見えないわ」
「それは、そうだ。だって幻術で作られた洞窟なのだから」
ばばさまは当たり前のことのようにしれっと言った。
「幻術って事は、本当じゃないって事?」
「ああ、目が覚めたら、草原の真ん中に立っているよ」
ばばさまの隣にいるアルーに目をやると、洞窟が見えないのか、きょろきょろして辺りを見ている。
「アントナイトの試験に挑戦する者にしか見えなくなっておるからな」
「それじゃあ、アルーの力も借りれないの?」
「この洞窟の試練には、力もアルーも必要ないから安心しなさい、試されるのは、お主の心と思いじゃ」
(心と思い……それって一番難しいじゃないの)
エリーゼは冷や汗が流れた。
「さあ、いきなさい」
「は、はい」
勢いに任せて走り出した。
「なんか、わからないけど、がんばれ、エリーゼ」
「そうです。エリーゼ様、応援していますから」
アルーとルシードに手を振って見送られて、洞窟に入った。
中は真っ暗闇で、辺りには、何も見えない。
(どうすればいいの?)
すると、辺りに火が付き、道のようになっていた。
「右に行けと言う事ね」
火を辿って歩いていると、扉が見えた。
「開けろって事ね」
エリーゼは、扉を思いきって開けた。すると、急に辺りが明るくなり、前が開けた。
「ここは、お城」
なんと、アーヌスト王国のお城に戻って来ていた。
(いつの間に……ここは庭ね)
ふと、ばばさまの言葉を思いだした。
(確か、これは、『幻術で作られた洞窟』だったわね。つまり、この城も幻覚と言う事なのね?)
エリーゼは、気を引き締めた。
「エリーゼ、エリーゼ、おいで」
後ろには王様が立っていた。
「お父様、家出みたいに出て来てごめんなさい、でも、『アントナイト』は見つけました。これで、カール公爵の悪事の証拠が取れます」
「カール公爵、そうか、彼が何かしたのか? 後で取り調べをしよう」
王様の大きな手が、エリーゼの頭を優しくなでる。
(何だかうれしい)
王様の後をつけて行くと、王妃がいた。珍しく笑っている。
「エリーゼ、かわいいエリーゼ」
王妃に抱き寄せられるのは、何年ぶりだろう。
「エリーゼ、欲しい物は無いかい?」
「えっと、本が欲しいわ」
「そうか」
ぱっと、辺りが変わった。書庫の中の様だ。子供がたくさんいて、泣きながらしゃがみ込んでいる。
「どうしたの?」
「本を持っていないから、授業にでれないの、お姉さん本をくれない?」
「え、ええ」
一人の子に一冊本を渡した。
「ずるい、この子にだけあげるの? 私も授業に出れないのよ、ここには、本がたくさんあるじゃない。くれたっていいじゃないの?」
エリーゼは悩んだ。書庫にあるのは、大事な本だ。コレクションでもある。それを全員にあげたら、残るのは、数冊、いや、残らないだろう。
「お姉さん」
(私は、また買ってもらえる、でも、この子達は、二度と本に触れられないかもしれないのよね)
子供の服は、端切れで作ったようで、ボロボロである。
「この本は、小説だから、授業の役に立つかわからないけど、欲しいならあげることにするわ」
エリーゼは、本棚から一冊一冊取って、子供達に渡した。
「あのね、お姫様が出てくる本が欲しい」
「それじゃあ、はい、『プリンセスとナイト』G・F・カルートン作の本をあげるわ」
「ありがとう」
「少し難しいかもしれないけど、大人になったら、今より楽しめるかもしれないわ」
エリーゼは、自分のコレクションが減っていくのに、幸福しか感じなかった。
(この本も、あの本も、私の書庫に眠っているよりも、大事にされるかもしれないわね)
何より、子供達が笑ってくれるのだ。
「この本の絵きれい」
「トントンラビットの本?」
「そう、花とか、リスとか、かわいい」
「そう、私もそう思うわ」
実は、トントンラビットの本は、エリーゼの小さい頃の一番大好きな本だった。とても大事にしていたのだが。
「あげる」
「本当?」
子供達は、頬を赤くして、興奮している。
(ああ、あの時の私見たい)
トントンラビットの本をもらった時、世界が変わったのだ。こんなに美しい絵が、言葉があるのだろうかと思った。一つ一つの花々の色も違う上に、動物たちが、とても丸っこくてかわいいのだ。そして、書いてある文もとても分かりやすい。
「汚れているけど、いい?」
「うん」
(なんだか、私、集める事だけに一生懸命になっていて、本のありがたみを忘れていたようだわ)
エリーゼの書庫の本は、一冊も残らなかった。だが、エリーゼの周りには、喜ぶ子供が溢れていた。
(あげてよかった)
エリーゼは、うれしくなっていた。
そして、辺りが暗くなっていく。子供達が、パッと消えた。
(? 何なのかしら?)
激しい風が吹いた。その瞬間、ドアが目の前に現れた。
(開けろって事ね)
エリーゼは、ためらわずに開けた。
そして、見えたのは、謁見の間だった。
「ファルド様、本当にいいのですか」
五〇代になっても良く整えられている黒髪のアーノルドが、血相を変えて、走って行く。
「どうしたの」
「どうしたもこうしたもないです。エリーゼ様、あなたを女王にして、隠居なさると言いだしたのです」
「ええ~!」
エリーゼは、急な出来事に困ってしまった。
(私は、まだ、国の事もよく知らない。政治のことだって、勉強中よ、そんな私に王位を受け渡す? 正気じゃないわ、お父様はそんなことしない!)
エリーゼは、王妃を見つめた。
(お母様が言ったのかしら?)
様子を見ていると、そう言うわけでもなさそうだ。
(考えられるとしたら、病気ね)
エリーゼは、王様が、何か重い病気にかかってしまったのだろうとにらんだ。
「お父様、一体どんな理由で王位を私に渡したの」
「残りの人生、自由に生きてみたいんだ」
「うそっ、ご病気なのでしょう?」
「……」
王様は、黙って去って行った。
「エリーゼ様、この書類に目を通して下さい」
「えっと、メイド達への給料って、ええ、全員で、一千万って」
「雇っている人数が多いのもありますが、良家の御息女もメイドをしていますし、妥当ですよ」
「調理費百万……!」
「全員の食費ですから安い方ですよ」
エリーゼは、城を持つと言う事の大変さを初めて知った。
(こんなにお金がかかっていたのね)
エリーゼは、蝶よ花よと育てられていたことを初めて知った。
「こちらは、公共施設の費用です」
「〇が、何ケタあるの!」
エリーゼは、数えるのも嫌になり、書類を投げ捨てた。
「一体、どうやって、こんなにたくさんのお金を稼ぐのよ」
「主に国民のお金と、王家のしている事業のおかげです」
「事業って、交易の仲介?」
「その通りです」
初めて、アーノルドが笑ってくれた。
「アーノルド、あなたが王に成れば、すべて解決なんじゃないの?」
「いいえ、王家の者が継ぐべきです。そして、特別騎士と言うのは、主に忠誠を誓った証なので、主より上に立とうなんて思いません」
「そうか……」
「大丈夫です。必ず補佐する方がいますから、エリーゼ様は、初めは、見て覚えてください」
「見て?」
「ええ、その方が早いでしょうから」
アーノルドは、その後も政治の話を長々としてくれたが、ためになったような気がして、今日は聞き流さなかった。
(私って、やっぱり未熟なんだな~)
自分の愚かさに、嫌気がさした。何でもっと勉強しなかったんだろう、自分から学ぼうとすれば、もっとできたのに、ともどかしくもあった。
「アーノルド、私、死ぬ気で勉強する。だから助けて」
「はい、良く出来ました」
アーノルドが扉へと変わっていた。
「えっ!」
扉を恐る恐る開けると、吊り橋が見える。
『アントナイトが持って来た話が悪い話だったらどうするか?』
と言う、看板が立っていた。
一本目『抗う』
二本目『流す』
三本目『信頼できる人に話す』
四本目『自分の出来る範囲で行動する』
(四択クイズ?)
え~と、抗う? そりゃあ、抵抗するわよ、二の流すは無い。信頼できる人に話すか……適任がいればそうする。四は、私は、何もできないから……。
少し考えた。
(一か三だわ)
一、抗うは、具体的じゃない気がした。
「『三』よ」
エリーゼが三を渡ると、お花畑に出た。
「よかったね、合格だ」
アーノルドが立っていた。
「えっ? 何で、アーノルド?」
「実は、私は、アントナイトなのです。ファルド様に頼まれて問題を作らさせていただきました」
「ええ、お父様も知っているの?」
「はい」
『エリーゼ、エリーゼ』
アルーの声が聞こえる。
「よかったですね、あなたには、立派な補佐が見つかって、しかも二人も」
アーノルドは、笑って消えた。
「アーノルド」
起き上がった。本当に草原の真ん中にいた。
「起きたぞ、ばばさま」
「そうか、よかったな。今回の試験は、作った奴も作った奴だったから、簡単だったのかもしれないけどね」
「エリーゼ、三日も寝ていたんだぞ」
「そんなに」
アルーが心配そうに見つめてくる。
「エリーゼ様」
すぐにルシードも現れた。
「あの二人、ずっと付いていてくれたんだよ、あんた、本当は人望が厚いタイプなのかもしれないね」
ばばさまは、そう言って、一回座った。
「二人共あっち行きな、今回の試練は、欲と自分の試練じゃ」
「ああ、私は、何より本を大事にしていた。でも、手放すことに決めた」
「それが、第一の試練じゃ、もし、困っている人がいても手をかさない様な奴は、王には成れん、成っても破滅する」
ばばさまは、杖に力を込めてそう言った。
「次の試練は、王位への執着ですか?」
「いいや、違うよ、自分を知る試練だったんだ。王は、今こそ立派だが、少年時代は、たいした人じゃなかったんだ。なぜ、立派になれたか、それは、自分が未熟だと知ったからなんじゃ」
「未熟だと知るといいんですか?」
「未熟だと勉強するじゃろ、自分の力を補うために、最初からの天才はいないのじゃ、そして、もう一つ試験したのが、他人に頼れるかどうかだ」
「それは、骨の髄までわかった気がした。私じゃ何もできないんだって」
「そう、自分一人で背負う者は王には向かない、適材適所を見抜ける者に、王国をまかせたいだろ。ここまでで質問はあるか?」
「特にないです」
「エリーゼ、あんた、わかったんだな、王の有り方が」
「なんとなくですけど」
「それでいい」
ばばさまは、笑顔を作り、家に戻ろうとした。
「そうじゃ、あんた、雨が降ったらしいが寒くなかったか?」
「えっ?」
「ばばさまの話終わった? しばらく離れていたけど」
アルーがそう言って、近づいてくる。
「雨が降ったって本当? でも、服もぬれていないわ」
「ああ、ルシードさんと二人で、布を持って立っていたんだ。ばばさまに動かしてはならんぞって脅されていたから」
「ごめんね」
「エリーゼが無事ならそんなことどうでもいいよ」
アルーは優しい声でそう言った。
「ルシードさんだってがんばったんだ。ちゃんと礼を言う」
アルーが肩を持って、ルシードの方を向かせる。
「ありがとう」
「いえいえ、エリーゼ様がご無事かどうかが一番ですから」




