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 アントナイトの物語を最初にきいてから、十年の月日が経った。

「エリーゼ様、エリーゼ様、朝ですよ」

「はーい」

 エリーゼは、大きく背伸びして、窓を開けた。窓から入って来る風に、長い黒髪をあずけてにやりと笑った。

「そうよ、今日こそ、クロック様の新作が入ったかもしれないわ」

 パジャマ姿だったので、軽いワンピースに着がえて、廊下を走り出した。

「みなさん、おはよう」

「エリーゼ様、廊下を走っては、いけません」

「はーい、これからは、気を付けます」

「そう言って、エリーゼ様は、すぐ約束を破りなさる」

 家庭教師の女は、ため息をついた。

 当のエリーゼは、青い瞳をらんらんと輝かせて、目的地の宅配物を受け取る検閲へ向かった。

「ねぇ、私の頼んだ本、入っている?」

「まだだよ、届いていても検査をしなくちゃいけないから、すぐには、渡せないんだけどね」

「そうよね、待っている間に、クロックの本を整理しておくわ」

 エリーゼは、とぼとぼと部屋に戻った。だが、あきらめたわけではなかった。部屋の隣の書庫でエリーゼは、本をいじっていたのだ。

「この本をこっちに移せば、まだ、この棚におけるわ」

 エリーゼの本好きのせいで、せっかく王様が作った書庫もぎゅうぎゅう詰めになってしまっていた。そのため、本をしまう場所を確保するのも一苦労だ。二段重ね、横積みで何とかごまかして来たものの、本の冊数がものすごいので、そろそろ限界の様だ。

「お父様に新しい書庫をプレゼントしてもらいましょう」

 ついに、置き場所がいっぱいになってしまったので、王様に書庫をおねだりすることにした。

 エリーゼは、また、スカートを翻して、走り出した。思い立つとすぐ行動してしまう癖があるのだ。

「お父様~」

 王様の仕事部屋に突撃した。

「エリーゼ様、ファルド様は、お仕事中です」

 ファルドは、エリーゼの父であり、アーヌスト王国の王である。黒髪の髭を生やしている、威厳のある父なのであった。

「でも、アーノルド、お父様に言いたいことがあるの、それも、お父様にしか解決できない問題なのよ」

「どうせ、本の事でしょう?」

 アーノルドは、半ば呆れて言った。

「なぜ、わかるの、私の悩みを読み取ったの? さすが特別騎士アーノルドね、あなどれないわ」

「は、はあ……」

 アーノルドは、アーヌスト王国で王の次に偉い人物である。特別騎士と言うが、見た目は、黒髪に、茶色い目をしている、五十代のおじさんである。なぜ、特別騎士に選ばれたのか、それは不明だが、優秀だったから、これが一番当たりのような気はしている。

 アーヌスト王国は、貿易の道の真ん中にあり、仲介をする物が街を盛り上げてくれている。大都市だ。

 エリーゼが、本にはまったのも、商人が持って来た『トントンラビット』と言う、絵本がきっかけである。

「アーノルド、私のお願いがきけない?」

 エリーゼは、目を潤ませて、とびっきりかわいい困り顔でそう言った。

「……かわいくしてもダメです」

 アーノルドは、絶対に扉の前から動かなかった。

「あ~、も~、色気がダメなら、お父様に、アーノルドにいじめられたって言ってやるわよ」

「ええっと、私は、潔白ですから、大丈夫です」

「本当? じゃあ、言ってもいいのかしら? 何回もこういう事があると、信頼が薄くなるんじゃない」

 エリーゼは、アーノルドが、少し焦っているのを見て、うれしそうにそう言った。

「どうぞ、中へ」

 アーノルドは、根負けして、扉を開けてくれたようだ。

「お父様~!」

「おお、エリーゼ、今日もかわいいな、ところで、何の用事かな」

「あっ、あのね、最近たくさん本を買いましたよね?」

「ああ、買ってあげたが、まだ欲しいのかな?」

「いいえ、しまう場所が無くなってしまったの、もう一つ書庫を作ろうと思うのだけど、だめかしら?」

 王様は、考えた後。

「確かに、本は、大事な物だ。捨てる訳にもいかない、書庫を作るべきだろうな、よし、作ってやろう」

「ありがとう」

 エリーゼは、笑みを浮かべ、ワンピースの裾を持って、軽くお辞儀をした。

 アーノルドは、出てきたエリーゼに本を渡した。

「クロックの新作が届いていた。読むといいだろう」

「!」

 エリーゼは、喜びのあまり、飛び跳ねそうになった。だが、堪えて、アーノルドから、本を受け取った。

 クロックの新作は、ハードカバーで、五〇〇ページもある長編だった。主人公と十人の同僚が、山を登りに行って遭難してしまうのだ。そして、助かるまでのサバイバルを描いた小説である。

 パラパラとみているだけで面白そうだった。

 エリーゼは、ウキウキした足取りで、書庫へ向かった。

「クロック三部作の三冊目、ついに助けが来るのかしら?」

 エリーゼの特等席である、本に囲まれている、書庫の中央にあるイスに座り、興奮して読んでいた。

 シーンとした室内で、ひたすら読む事四時間、食事の時間を忘れていた。いつも、空腹よりも、続きが気になると言う気持ちが勝ってしまう。

「やだっ! お母様に怒られるわ」

 急いで、あらかじめ空けておいたところに本を差し込み、食堂へ向かった。

「遅れました」

 息を切らしてそう言うとメイドがいた。

「あら、エリーゼ様、もう来ないのかと思いまして、掃除をしていました」

 エリーゼは、時計を見て青くなった。夜の十時を指しているではないか。王妃は、気まぐれなので、怒る可能性もある。

「そんな~、ご飯無し~」

 悲しくなって、部屋に戻ろうとした時。

「サンドイッチ位なら、私でも作れますよ。エリーゼ様、とってもお腹が空いているようなので、よかったら作りますよ」

「本当、セリーヌ、ありがとう」

 セリーヌは、気が利くが、少し冷たい性格なので、整った顔立ちなのに氷の女王と言うあだ名を持っている。

 セリーヌは、台所に立ち、まず、手を洗い、冷蔵庫を開けて具材のチェックをしていた。その次に、包丁を取り、パンの耳を切り落として、具材をはさんだ。

「お待たせしました」

「ありがとうセリーヌ」

 エリーゼは、サンドイッチを手に取り満面の笑顔でそう言った。

「い、いえ、私は……」

 セリーヌは、頬を赤くして照れている様だ。だが、エリーゼにとっては、今は、空腹と戦う方が大事なので、気にもしなかった。

「やっぱり、空腹のときのサンドイッチは、おいしい」

 ぱくぱく口に運び、平らげた。

「ごちそうさま」

 皿をセリーヌに渡すと、セリーヌは掃除に戻った。

「今度、お礼するね」

「い、いえ、そんなこと……」

 セリーヌは遠慮がちにそう言うが、エリーゼは気にせず部屋に戻った。


 夜も更けていたので、眠ることにした。

(クロックの新刊、結局、三人しか助からなかった。クロックさんの本は、その場にいる様な臨場感や、細かな心の揺らぎ、自然の偉大さ、すべてがぎゅっと詰まっているようで、面白かったわ。次作も楽しみにしておかなきゃ)

 そうベッドの中で考えていた。

(眠らなくちゃ)

 興奮冷めやらずで、目が冴えてしまっていた。

(落ち着かなくちゃ)

 何度か言い聞かせているうちに、眠りについた。


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