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次の日、熱は少し下がった。
「まあ、下がったは、下がったけど、また上がる可能性もゼロじゃあないし、もう少しゆっくりしようか」
アルーがそういうので、ルシードも部屋で座っている。
「う~ん、エリーゼちゃん、大丈夫そう? 医者に見せた方がいいかな?」
「アルー、そんなに重いのか?」
「いや、わかんないけど、風邪じゃなかったら大変だからね。体のどこかに不調が来ている可能性だってゼロじゃないわけだし……」
「そうだな」
「僕、町長さんに話聞いてみるね」
アルーが出て行った。
しばらくして、医者らしき男が来た。
「はい、口を開けて」
エリーゼは、口を言われるまま開けた。
「のどの風邪の様ですね、普通に寝ていたら治りますよ」
「そうですか」
「大丈夫だったな」
「よかった。昔、旅の途中で、熱をだして命を落とした奴がいたんだ。だから、少し、心配になっていたんだ」
「まあ、長年のトラウマになったんだね」
ルシードが悪ふざけしている様にそう言った。
エリーゼは、その後夢を見た。
『アルー、アントナイトって、忠誠を誓う代わりに、騎士以上の関係になってはいけないの?』
アルーとルシードがこちらを向いて立っている。
『ああ、そうだよ、だから?』
アルーが冷たくそう言い放つ。
『エリーゼ様、実は、私、ルシードは――』
ルシードが深刻そうな顔をして、前に出てきた。
(う~ん、なんだか変な夢、断片的にしか思い出せない)
エリーゼは、ふらふらと部屋を出た。
「水……」
エルドール村は、田舎なので、水路が通っていない。だから、一々、水を汲まないといけない。
「エリーゼちゃん、出歩いて大丈夫?」
「うん」
「熱下がったね」
アルーが額をくっつけて来てそう言う。
「ねえ、アルー、アントナイトってどんな人だと思う」
「う~ん、卑怯な奴」
「何で? 良い所と悪い所の両方を持っているとお父様は言っていたわ」
「その人を導くのに、卑怯な事をするらしいよ」
「……」
エリーゼは、口をつぐんだ。
(きっと、ドワーフに聞いた情報ね)
「アントナイトは、そんな良い物じゃない」
アルーは、顔を暗くしてそう言った。
(アルーは、何か知っているのね……いったい何を知っているの?)
エリーゼは、アルーの悔しそうな表情に今朝の夢を思いだした。
(なんだか、真に迫った顔をしていたわ)
まるで、アルーかルシードのどちらかが、いなくなってしまうような、そんな夢だったような気がした。
(まさかね)
明るく開き直り、水を飲む。
「疲れはとれたエリーゼちゃん」
「うん」
エリーゼは、笑顔を作ってそう言った。
☆ ☆ ☆
そして、乗合馬車乗り場に着いた。
「さあ、アールサン山に行きましょう」
エリーゼは、張り切った声を上げた。ルシードも乗ってくれて、明るい旅になりそうだと思った。ただ一人、笑っていないアルーが心配だったが……。
「それじゃあ、馬車に乗るよ」
ルシードは、何気なく手を差し出している。
「ここでは、お姫様扱いしなくていいんだよ」
クスリと笑うと、ルシードは、いつも通り。
「エリーゼ様が、間違えて、けがをしてしまうことを考えたら、これ位してあげなくてはダメです」
「ルシードは、私が、ものすごいドジだと言いたいのね?」
「そうでは、ありませんが……」
馬車の中で座って笑い合った。
「出発しますよ」
「「はい」」
一緒に乗り込んだ人は、三名、細身の女性と大柄な男性、そして、子供が一人、男か女かもわからないように、顔を隠している。
「ねえ、アルー、あの子、何か事情があるのでは?」
「乗合馬車では、そう言う事は、気になっても聞いてはいけないんだよ、それがルールなんだから」
アルーは、くしゃりとエリーゼの頭に手を置いた。
「そうなの」
エリーゼは、わけありの子供を放っておいていいのか心配になった。
(きっと捨てられたんだわ、身寄りもなくて、馬車に乗ったのね。昔読んだ本にそう書いてあったわ)
エリーゼは、そうにらみ。
「あの~……」
つい声をかけてしまった。
「エリーゼ様!」
「エリーゼちゃん」
「君は、捨てられたの?」
「そうだよ、養父が亡くなった。今の俺は一文無しだ」
「アーヌスト王国で、城の仕事をしてみない?」
「ちょっと待てよ、あんた偉い人なのかよ? なんで、この馬車なんかに乗っているんだ?」
「偉い人だと、さては、金持ちか、金になる女か」
大柄の男が立ち上がり、エリーゼに近づいてくる。
「エリーゼ様に近寄らせはしない」
ルシードが腰に挿している剣を振りかざした。
「ナイト連れ、ますますお金の匂いがするな」
「くっ!」
「たくっ、面倒事を起こしやがって」
アルーは、立ち上がり、おちゃらけて。
「そこのメイドと騎士の駆け落ちの邪魔をするなんて、あんた、野暮ですね~、何を言おうが無駄だよ、二人の愛は止められないさ」
「はっ? メイド?」
「アーヌスト王国のメイドは、世間知らずだから、子供をアーヌスト王国の下働きに紹介状を出して引き取ってもらおうと思ったのでしょう。メイドに金があるとは思えないけど続ける?」
「い、いや、いい」
大柄の男は座った。
「アルー」
「こういう時は、ああ言ってごまかすのさ、もう、人に声を掛けちゃだめだよ。例え困っている人でも」
「それって、残酷なんじゃないの?」
「その子が助かって、エリーゼちゃんが捕まったら、元も子もないよね、つまり、よく考えるべきなんだ」
「わかったわ」
エリーゼは、素直に頷いた。
次の乗り場では、手枷、足枷のつけられている、ボロボロの服の女の子が、男に連れられて乗って来た。
「あれは、なに?」
「奴隷商かな?」
「奴隷! いいの、そんなことして」
「よくあること、今回も関わっちゃだめだよ」
「うん」
エリーゼは、世の中がこんなにも荒れている事を知らなかった。初めて見る事ばかりで戸惑っているばかりだ。
(この女の子、これからどうなるのかしら? 本では、性の奴隷か、ただ働きさせられると書いてあったわ)
かわいそうだと思い、見送る事しかできなかった。
「アルー、世の中って残酷なのね」
エリーゼは、悲しそうにアルーの手を握る。
「大丈夫? お姫様」
アルーは、優しく手を握り返して来てくれた。
「わかるよ、怖いし、助けてあげたいよね。でもね、一人救ったって、大本を変えられなければ、意味がないんだ。君が女王になった時、変えて行けばいいんだよ」
「! そうなの、アルー」
「うん、エリーゼちゃんなら立派な女王になれるよ」
「そうだといいわね」
アルーに元気づけられて、次の馬車乗り場へ向かう事にした。
「今は、どの辺りなの?」
「う~ん、アーヌスト王国まで、三キロって所かな?」
「アールサン山に向かうには、あと二〇キロ位ありそうだな」
「そうだね」
アルーは歩きながら。
「エリーゼちゃん、無理していない?」
振り向いて聞いてきた。
「うん」
「大丈夫じゃなさそうだね、今日、いろいろ考え過ぎて疲れた顔をしているな」
「そう?」
「僕には、わかるよ、どんなに隠したってね」
アルーは木陰で休むように言って来た。
「エリーゼちゃん、膝枕してあげよう」
アルーは笑いながらそう言って、エリーゼを抱き寄せた。
「エリーゼちゃんは、優しいから、さっき見た、捨て子も、奴隷も、助けてあげたかったんだよね?」
アルーは優しく、子守唄のようにそう言う。
「でもね、今の僕等じゃ、助けてあげられないんだよ」
「でも、助けたかった。私、助けたかった」
エリーゼは、涙を流しながらそう言った。
「うん、わかったよ、悔しいよね。でも、その悔しいが、女王になった時とても役に立つから」
涙を拭ってくれるアルー。
「君ならできるかもしれないね」
「?」
アルーが嬉しそうに笑っていた。
ルシードは、エリーゼとアルーに近づく人がいないか、辺りを警戒していた。
「さあ、エリーゼちゃん、歩いて次の所へ行こうか」
「うん」
ルシードが追いかけてくる。
「アルーに何かされませんでしたか?」
「ええ、されてないわ、彼は紳士ですから」
なんとなくだけど、アルーに惹かれている気がしていた。
次の乗合馬車に乗った所、誰も乗っていなかった。
「アールサン山まで行くのかな?」
「はい」
アルーがさわやかに答えた、
「最近では、滅多に乗る人がいなくてしまってね。昔は、アント一族が使っていたのだけどね……」
乗合馬車の御者がそう言った。
「アント一族って、アントナイトの事?」
「そうみたいだな」
エリーゼは、ワクワクしていた。




