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死が彼らを巡り合わせるまで  作者: 直紀けい
第一章 砂上の贄柱 スナトリ
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2-6 予想とは全然違う中身だな

「中は思ったよりも荒れていないか…」


 時刻は深夜に差し掛かる夜。遺跡の中は光明を忘れたかのように暗い。あれだけ退廃と老化していたのに、建物の間に月光が差し込む隙間が全く無いとは思えない。

 それにしても全く見えない。靴底越しに伝わる石張りの床は、隗斗の爪先に障害物を当てさせない。岩石のひとつでも転がっているかと思えば、まるで掃除が行き届いているホテルのようだ。

 隗斗はきょろきょろとトラップが無いか調べながら、己の身体に流れる魔力を操作する。ぐるり、と体内で混ぜられた魔力が形を成し、現象として隗斗の手助けを行う。


(ともしび)を此処へ──『幽かな単眼(キャンドル)』」


 遺跡にはどんな仕掛けがあるか分からないため、足元を照らす光を指先に灯す。光の属性に位置する魔法である。ポッと辺りを照らす光のエネルギーを調節しつつ、隗斗は明確になった周囲を見渡す。

 おかしい、と知らず知らずのうちに訝しむ。

 遺跡の中は外見よりも古くは無い。毒の草花から見た時には、随分と年季が入っていたように思えたが…岩は崩れ、樹木に侵食された入り口は軽く千年は経過しているだろう。

 はあ、と息を吐けば白く溶ける。砂漠の真夜中の酷寒に加え、建物の中だからか足元にひやりとした冷気が流れ込んだ。ゴーストに撫でられたみたいだ、と隗斗は頬を引き攣らせる。


──この遺跡、むしろ違和感を覚えるほど真新しいのでは。


 隗斗は注意深く壁に触れてみる。その感覚は新品の大理石のようにつるりとしていた。ふと指先に濡れた感触があり、何だろうと見れば少しばかりの霜が付着している。

 は?と知らず知らずのうちに間抜けな声が漏れた。付着した霜は隗斗の体温であっという間に解ける。遺跡の壁には、旅人が指を滑らせた跡がくっきりと残されていたので幻覚では無い。


「こんな砂漠の地で霜…?」


 人の目が無ければ好青年を演じる必要は無く、隗斗は遠慮無く眉間に皺を寄せる。微笑みを一切消した表情の旅人は、いっそ氷の彫像にも似た冷たさがあった。

 (…奇妙なところだ、どうして霜なんか出来る?)

 霜は、空気中に飛散する水蒸気が冷えた地面か物体に接触して結晶化したものだ。零度以下で発生する氷の結晶ではなかっただろうか。

 ぞわ、と肌が粟立つ。視線を落としたその先に、靴が霜に覆われる光景を目の当たりにした。生き物の体は末端から冷えて凍えていく。こんなところで凍傷など、冗談では無いだろう。

 隗斗はチッと舌打ちし対策を練る。徐々に奪われていく熱を総動員させ、魔力を指先から身体の中心へと巡らせた。失った熱はさておき、今残っている体温を増幅させる魔術を自身に施す。

 これで遺跡の中で凍死した変死体ルートは潰えただろう。砂漠のど真ん中での白骨化ルートを逃れたと思いきや、続けて変死体ルートがあるとは。

 他にも何かトラップがあるかもしれない、と心に留めておく。とんとんと踵を床で叩き、解けた霜の水滴を落とす。そして再び遺跡の探索に意識を向け、隗斗はゆっくりと歩き出す。

 幽かな灯りは隗斗の影を薄く伸ばしている。


「……予想とは全然違う中身だな」


 ちぐはぐな外見と内面に、隗斗は益々懐疑の念を強めた。

 まるで時間の概念が止まっているようだ。様々な遺跡を見てきたが、ここまで不可解な遺跡に出会ったのは初めてだと思う。


「本当に人が踏み入った形跡が無い。一体いつの時代の遺跡なのか…」


 一歩一歩を疑心で確かめながら歩を進める。

 小さな遺跡の中はそれほど面積は無く、先は一本道のみ。唯一の歩行困難な暗闇も光を灯せば即解決だ。遺跡を守る毒の草花さえ突破すれば、あとは簡単な道程。

 後出しというか、後からなら何とでも言えるが……これならいくらでも調査出来たのではないか?

 それか、あえて探索しなかったか。

 砂漠の長、クニミツの指示?いや、それよりもっと昔の決まりごと?

 もしわざと調べないなら、理由は何か。

 仮説一、見つけてはいけないものがある。それは民にとって不都合かつ、誰にも見付かってはいけない隠し通したいもの。

 仮説二、呪いや祟りの類が遺跡にあり物理的に入られない。それか、傍から見れば荒廃しているため立ち入るのを危険と断定した。

 仮説三、隗斗の及ばない事情がある。分からん。


 (……雪彦とみくの様子では、毒の草花のせいってだけ…という印象しか受けない)


 奥へ近付くにつれ冷気の濃度は増していく。

 思わず腕をさする隗斗。おそらく奥にはこの遺跡が守る何かがあるはず。だとすればこの冷気は、遥か昔誰かが敵の排除を目的とした威嚇なのだ。

 内面はさておき、外見があれだけ歳を取るほど時間が経過しているのに、この威嚇は今も尚続いている。そう考えれば殿にあるお宝が気になって仕方無い。

 果たして奥にあるお宝は自分の有益となる物だろうか。一瞬だけ、ふと懐古の情が心の底を過ぎった。ほんの刹那、冷気が止んだ気がする。

 不思議に感じながらも歩調は緩めない。隗斗は自身の目的のためなら手段は問わない。魚の小骨が喉に引っ掛かった程度の違和感は捨てる。



* * *



 短い一本道は五分もかからずに幕を終えた。

 旅人は信じられない、と言わんばかりに表情を歪める。


「これ、は」


 隗斗の眼前に広がる()()は、正しく絶望である。


 夜明け色と夕暮れ色の瞳が見開く。術者の心境と合わせて、指先の光が揺れる。焦燥と動揺がいっぺんに重なると、言葉も出ない。

 ぱか、と子供の両手が開いたような形。鋭利に尖る花弁。ぱらぱらと無作為に散りばめられた雪のような雫は、人間の爪を無常にも剥いだようにも見えた。

 夥しい数の絶望が隗斗を嘲笑う。周囲を照らす灯りが不規則に増減し旅人の影を曖昧にさせる。隗斗は眼前に咲く花の名前を記憶の中から掘り起こす。


紅雪花(スカーレットアイス)…こんなものが咲いてるなんて」


 紅雪花(こうせつか)。別の呼び方はスカーレットアイス。または、死出花(しでばな)とも言う。花言葉は追憶だっただろうか。他にもあったかもしれないが、それはさておき。

 毒々しい緋色の花は、まさに猛毒を有している危険な花だ。世界でも有数の一つとされる毒の花。

 花弁。葉っぱ。茎。根っこ。全ての部分に毒性物質が含まれている。全草有毒の植物。中でも最も毒が孕んでいるのは花弁だとされている。

 花弁を体内に取り込めば、たちまち全身が痺れ、呼吸困難を起こし、幻覚幻聴を強いられ、激しい苦痛と吐き気を抱きながら生き物を絶命させるのだ。

 次に危険なのは、花弁に散らばった雪の雫。液体にも個体にもならないそれは、花弁と同様に人体に吸収されるとその命を脅かす。死にはしないが、一歩手前にはなるだろう。

 一本でも咲いていれば駆除対象とされるのに、最奥の侵入を拒むように大量に咲き乱れている。狂い咲きかと揶揄を飛ばしてしまうほど、紅雪花が身を寄せ合い息を潜めていた。


「侵入を警護する寒色の毒花に続いて、神秘を守護するのは紅雪花ですか」


 隗斗の声色は固い。

 毒に続き、また毒とあれば嫌気も差す。片手で顔を覆い、はあ、と重く長い溜め息を吐く。


──撤退しよう。


 決断したら即実行。旅人はくるりと踵を返し、遺跡の見学を中止した。

 対策も装備も無しに挑むには命を懸けなければならない。時間にも心境にも余裕がある隗斗は、あっさりと撤退の選択肢を取る。

 行きはよいよい帰りは怖い。トラップへの警戒心を怠らずに遺跡の中を歩む。命綱とも呼べる灯りは隗斗の進むべき道を明るく照らす。


「次に来る時はしっかり準備しよう…」


 砂漠の地スナトリの長クニミツからは、滞在してもいい期間を明確には定められていない。だが、あの口振りからすると二、三日で集落から放り出されることは無いだろう。

 次の行き先のための準備期間。体力を整え、体調を万全としなければ。あとは物資や消耗品なども補給出来たら御の字である。

 来る者は拒んだが、去る者は追わないらしい。スナトリの遺跡は旅人に傷一つ付けずに返した。しかし、侵入者を威嚇する極寒の冷気だけは、帰還の際に一層強まっていた。

 きっちり五分。面白味の無い一本道を辿り遺跡の外へ踏み出した時には、氷水の中を泳いできたのかと疑うほど身体は冷たくなっていた。ぶる、と本能的に身体が震え出す。

 隗斗は再び風の階段を編み、遺跡を守る毒の草花の頭上を通過する。きら、きらと月光を浴びて優美に輝く階段は意図せず豪奢であった。人目を忍んで来たというのに。


 岐路。スナトリの民はほとんど外出しておらず、皆一様にテントの中で眠る用意をしているらしい。

 旅人用簡易テントまで戻り、はじめてベッドとご対面した時の衝撃と言ったら無い。岩で出来たベッドのほうがまだ柔らかいぞ、と内心で毒を吐いた。

 申し分程度のクッションや毛布がなければどうしようかと思ったほどである。

 野宿の経験はある。が、安眠出来そうも無いベッドでは身体を余計に痛めそうだ。明日を迎える準備を終えた旅人は、文句だけは口から滑らないようにと唇を結んで眠った。

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