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「だるま、魔界、インコ」

「だるま、魔界、インコ」


 時は聖国歴427年。勇者が魔王を倒しこの世界に平和が訪れてから、427年の時が経った時のことである。

 この年のある日、全ての教会に神託が下った。


「人々よ。この世に魔王が再び現れる。

 勇者を召喚し、魔王を打ち倒さなければ世界は闇に包まれるだろう。

 魔王は大きな翼を持ち、人語を操り、人々を堕落させる魔性の歌を歌う。

 人々の全力を以て立ち向かいなさい」


 その信託から半年後。魔王が現れたとの報告が世界中に齎された。

 魔王は翼で空を自由に駆け回り、その言葉と歌を以て人々を恐怖の底へと叩き落し、世界を魔に染めていった。


 だが一方の人類も何もしていなかったわけではない。世界中から知識を集め、過去に失われし勇者召喚の儀式を復活させ、見事異世界から勇者を召喚することに成功した。


 召喚された勇者は何度も魔王に挑み、倒されては起き上がり、何度も何度も、強大な魔王の力に屈することなく立ち向かった。


 そしてもう何度目の挑戦か、勇者を愛する二人の仲間が命と引き換えに勇者の目に力を与えた瞬間、闇に覆われ魔界と化し始めていた世界にかつてない強い光が迸る。


 その光を纏いし勇者の剣は見事に魔王の心臓を貫き、倒すことに成功した。


 そして魔王の配下であった漆黒の翼を持つ大型の鳥の魔物はその姿を変容させ、色鮮やかな小鳥として世界各地を飛び回り、人語を用いて勇者の魔王討伐と世界の平和を告げ、人々に活力を与える歌を歌い続けた。


 半魔界化していた世界は暖かな光に包まれ、元の姿を取り戻すことができた。


 魔王との勝負で力を使い果たした勇者は全ての手足を失うことになったが、決して屈することのない自分の体と仲間から授けられた二つの魔眼を神に捧げることで魔王の魂を封印し、再び世界の平和を取り戻すことに成功したのだ。


 人々は自分たちの代わりに世界を救いし勇者ダルマーと神に心から感謝し、世界の平和を告げし小鳥をインコと名付け、以後平和の象徴として大事にした。


 これが新聖国歴誕生の物語である。




*****



「怜君。君もライトノベルなんかを読むんだな。知らなかったよ。これはそれを基に書いたのかな。

 それにしてもひどい話だな。もうお題を満たせばそれでいいという気持ちがありありと伝わってくるようだよ」


 目の前に座る美少年のような少女、片瀬凜華がそう酷評してくる。頭の後ろで一つに束ねた長い黒髪を手で弄びながら、とても不満な顔をしている。


 それに対し僕は目的があって文を書いているのではなく、脅されて無理やり書いているだけなので別に何とも思いはしない。


 だけど僕のことを勝手に下の名前で呼ぶのはやめてほしい。よく『さとし』と間違われるこの『れい』という名前は、女と間違われることが多いのであんまり好きじゃない。


「以前余計な部分が多いから削れって言ったのは片瀬だろ。言われた通りに手短にまとめただけだ。というかまともに人に読ませる文章を書いたことのない僕に何を求めてるんだよ。

 それと僕のことは苗字で柊って呼んでくれ」


 僕はそう抗議するも彼女はまるで聞いていないようだ。その凛とした目を細めて微かな笑みを浮かべながら僕に話しかける。


「怜君、君こそ私のことは凜華と呼んでくれと頼んでいるだろう?

 それと今回の話は魔界に引っ張られすぎじゃないかな。ダルマやインコだけならお得意の平凡な日常の物語を書いていただろうに」


 む。たしかに魔界なんて単語日常生活では使わないから無理やりファンタジー路線で考えたけど、そんなことまでわかるのか。本当に彼女は何者なんだ。


「それじゃあもう一つの案、主人公のいる受験生の教室が勉強を強制される魔界になってしまったのを、ペットのインコが持ってきてくれたダルマの目に墨を入れてお願いしたら無事戻りましたって話の方が良かったかい?」


 自分で行ってて何の話なんだかさっぱりわからない。だけど彼女はくすくすと笑い出した。悔しいがその姿はいつもよりも女の子らしさが増していて、非常に絵になる。


「ふふふ、そうだな。そっちの話の方が君には合っているかもしれない。君はバッドエンドや悲しい話を書くのが苦手そうだから、勇者や救世主なんていう悲劇と表裏一体の話を書くと、どうしても薄っぺらいものしか書けなさそうだしね。

 それに比べれば日常で起きた少し不思議な話の方がまだうまく書けるだろう」


 彼女は僕の何を知っているんだろう。どうして僕が悲劇が苦手なのを知っている。


「僕はそもそも物語を書きたくて書いてるんじゃないから、そんなこと知ったこっちゃないよ」


 なんとか彼女の興味を僕から失わせて、この面倒な部活から抜け出したい。そう思い突き放すように接しているのに彼女は全く気にしてくれない。これじゃあ僕がただの失礼なやつみたいじゃないか。


「まあそう言わないでくれ。私も君に上手な文章を求めているわけじゃないんだ。ただ、君の感じたこと、考えたことを素直に表現したものを読んでみたいだけなんだよ。

 今回の話は、君は異世界に行きたいわけでも行ったことがあるわけでもないから、あまり君という作者が見えなかった。次に書く時は君が見える物語をぜひ書いてほしい」


 彼女は僕に何を求めているんだろう。仮に僕が言われた通りにしたとして、それが彼女の何になるのか。

 話せば話すほど、考えれば考えるほど彼女という存在がわからなくなる。


 最初は入学時から女子に人気の美少年風の同級生としか思ってなかった。そんな彼女が僕の秘密を握っていて、それをネタに脅して文芸部に入れて、物語を書かせてくる。

 幸い部活に入る気はなかったし、この活動も一時間程度で終わるからいいけど、彼女は何が目的なんだろう。


 改めてそう考えた僕は、初めて彼女という存在に正面から向き合ってみようと思った。


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