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『ニートの俺が魔法世界に召喚されてチートで王様になってハーレムを作った件』

作者: 佐藤コウキ


 俺は本を読んでいる。

『ニートの俺が魔法世界に召喚されてチートで王様になってハーレムを作った件』

 長ったらしい題名。その本のカバーには、太ももをあらわにしたアニメ風美少女のイラストが描いてある。

 ページをめくると、やけに改行が多いスカスカの文章。

 そのライトノベルは短めの台詞が主体で、ページの下半分は空白が多かった。読み終えた後はメモ帳として使えるだろう。

 アパートの一階。あきれた俺は口を半開きにしながら座椅子にもたれて読み進めた。

 二人称のように読者に語りかけてくるし、一人称だと思うのだが、時には三人称神視点になっている。ダッシュの乱用、脈絡もない浴場のサービスシーン、パンチラ少女の見開きイラスト。

 深いため息をついて本をテーブルに投げ出した。

 とても俺みたいなおじさんには読んでいられない。どうしてこんな物が売れるのだろう。

 その本は出版して一ヶ月もたたずに増刷している。今は50万部を突破しているのだ。印税は三千万円を超えているだろう。

空川そらかわアイ」

 作者のペンネームをつぶやく。女だろうか? 変な名前だ。

 佐藤コウという俺のペンネームも変だが、それは作者の性別を不詳にして男女ともに読者を増やそうという浅はかな考えによるもの。

 俺はため息をついて部屋を見渡した。

 西向きの木造アパート。薄暗い部屋の隅にパソコンが置いてある。

 小説を書こうと思ってはいるのだが、どうせボツになるのだろうと無力感に浸食されていて、創作意欲というやつが湧き出てこない。


 俺は5年前に、ある文学賞の佳作を受賞し、本を出版している。

 出版社の担当は親身に接してくれて小説関連のことを詳しく教えてくれた。

「君には期待しているぜ」

 そう言って担当の小川さんは一緒に本屋を回ってくれたり、読みやすい文章の書き方を教えてくれたりした。

 しかし、全身全霊を込めた小説は全く売れず、次回作を出すことはできなかった。

 良い作品ができたら私のところに持ってきなよ、と小川さんは言ってくれた。だが、持ち込みした小説はすべてボツになっている。出版社に足を向けることがなくなって3年はたっているかな。

 心の中に暗雲が湧き出てきた俺は仰向けになった。六畳一間の西向き木造アパートは畳が少しカビ臭い。

「ああ、会社を辞めなければ良かったか・・・・・・」

 40歳を過ぎたら良い仕事はない。今はビル管理の夜勤アルバイトで生活費を稼いでいる。

 落ち込みのスパイラルに巻き込まれそうになったとき、テーブルの上の携帯電話が鳴った。

 それは小川さんからだった。

「久しぶりですね。元気にしていますか」

 前と変わらない、落ち着いた優しそうな声だった。男性的ながっしりとした体格が脳裏に思い出された。もうすぐ編集長になるという噂がある。

「どうも、ごぶさたしています。小川さん・・・・・・」

 俺は畳の上で正座した。

「何か新作を書きましたか?」

「いや、なんとなくイメージがまとまらなくて・・・・・・」

 以前から執筆の方向性が分からなくなっていた。小川さんは、まだ俺に期待しているのだろうか。

「今日、ちょっと頼みたい仕事があるんですけど、余裕ありますか」

 今日は暇だ。というか休みはいつも何もすることがない。

「予定は空いてますよ。何か仕事ですか」

「うーん、仕事というものではないんですが、ちょっと会ってもらいたい人がいるんですよ」

「誰ですか」

「あなたは知らないかな・・・・・・。空川アイという作家なんですが」

 テーブルの上の本に目やった。

 売れっ子のベストセラー作家、どんな人物なのだろう。

「ぜひ会わせてください」

 時間などの打ち合わせをすると、俺はシワだらけのシャツとくたびれたジーンズを身につけ、急いでアパートを出た。


  *


 郊外の駅を出ると駐車場に小川さんが待っていた。以前と同じスポーツマンのような体格で角張った顔に温厚な表情を浮かべている。

「こんにちは」

 俺がお辞儀をすると、相手は片手を上げてあいさつした。

「今日は空川さんと会わせていただけるんですね」

 小川さんは出世して副編集長になっている。稼ぎ頭である空川の担当をしているのだろうか。

「ああ、彼が君の作品を読んで、ぜひ会いたいと言っているんだよ」

 やつは男なのか。俺の作品を読んで文学的な才能に感銘を受けたとでも言うのかな。

「私も会いたいですね。売れる小説を書くためのコツなどを教えてもらいたいものだ」

 そう言って笑い顔を作ったが卑屈なものだったろう。

「では、行こうか」

 俺たちは車に乗り、山の方に向かった。

「空川先生の自宅に行くんですか」

 ハンドルを握っている小川さんは困ったように首を傾けた。

「うーん、自宅と言えばそうなんだろうな」

「空川さんという人は男性なんですか」

「うーん、まあ行けば分かるよ」

 小川さんは小さく笑っていた。車は山道を奥に進んでいく。


 到着した所は大きなビルの前だった。

 山の中で、あたりには建物はない。場違いのようなコンクリート4階建ての真新しいビル。

 駐車場に止めた車から降りてビルを見ると、やけに窓の少ないことが気にかかった。こんなところで暮らしているのだろうか。

 小川さんはカードを認証装置に当てて玄関のロックを解除した。中に入るとさらに網膜認証のセキュリティ。そんなに厳重な警備が必要なのか。

 ロビーに入ると見覚えのある編集長が待っていた。

「やあ、久しぶりですね。佐藤さん」

 すっかり頭が薄くなった小太りの男があいさつしてきた。

「お久しぶりです。編集長」

 俺は腰をしっかりと曲げてあいさつする。今は全く小説を書いていないが、夢を捨てたわけではない。

「今日は空川先生に会わせていただけるとか・・・・・・」

「あー、えーと、そうだね」

 小川さんと同じようにあいまいな態度をしている。空川に会わせてくれるんだよな。さっきから妙な違和感を感じる。

「とにかく、先生の所に行きましょう。そうした方が早い」

 小川さんがそう言って俺をビルの奥に案内した。編集長と一緒に長くて暗い廊下を歩いて行く。

 突き当たりには指紋認証のドアがあった。編集長が端末に親指を押し当てると赤の表示が緑に変わる。ゆっくりとドアが横に開いた。

 部屋に入ると冷気が汗ばんだ肌にしみる。

 エアコンが効きすぎているんじゃないか? 寒かったので俺は腕組みをして少し背を丸めた。その狭い部屋には何もないが正面には大きなドアがあり、それに付いている窓は、はめ殺しの二重の物だった。

「さあ、空川先生とご対面ですよ」

 編集長と小川さんは、ドアの両脇にある端末にカードをかざした。二人同時に操作しないとロックが解除しないのだろう。

 ピッと電子音がしてドアが手前に開いた。小川さんに続いて中に入る。いっそう厳しい冷気が俺の身を襲った。薄暗い部屋に白い息が揺れる。入ってきたドアを見ると、内側に小さい斧がかけてあった。閉じ込められたときは、それでガラスを破って凍死することを防ぐのだろう。

「ピッ。あなたが佐藤コウですか?」

 声がした方を見るとパソコンが一台置いてあり、画面にはポリゴンで構成された男の顔と思われるコンピュータグラフィック。

「はい、そうですけど」

 画面に向かって反射的に返事をしてしまった。パソコンの後ろにはタンスのような装置がズラーッと並んでいた。広い部屋にはブーンという低周波が小さく響いている。

「これは何ですか?」

 小川さんの方を向くと、苦笑いして何も答えない。

「これはスーパーコンピュータですよ。話をしているのは人工知能です。うちの出版社はこれに社運を賭けてましてね」

 説明してくれたのは編集長だった。丸い顔に満面の笑顔を浮かべている。

「人工知能? AIというやつですか?」

 そうか、それで冷却しなければならないのか。

「そうです。ある財団から協力を求められて共同開発した最先端の人工知能システム『空川』ですよ。専門家によるチューリングテストにも合格して意識があることを確認している」

 俺は、へーと言って画面を見る。知らないうちに世の中は進んでいたんだなあ。

「無数の小説データをインプットして、どのような小説が売れるのかを分析し、ベストセラーになる確率の高い文章を構成できるようになっているんだよ」

 横から小川さんが説明してくれた。

「ピッ。あなたの小説を読みました」

 ポリゴンの口が動いて、実際に話しているように見える。

「そうですか」

 機械と会話するというのも変な感じだ。

「ピッ。どうして、あんなつまらないものを書くのですか」

 俺の頭は空白化した。寒い部屋の気温がさらに下がったように感じる。

「・・・・・・つまらないかなあ」

「ピッ。はい、つまらないです。全く面白くない。どうして、あのような無意味な小説を作るのか理解できません。それであなたを呼んで理由を聞きたかったのです」

 意見を求めて小川さんの方を向くと、困ったような顔で視線をそらした。

「俺の小説は無意味じゃない。苦労して書いた文学小説なんだよ!」

 語気が荒くなって白い息が強く吐き出される。

「ピッ。あなたの作品は、全く売れていませんよね。それはあなたの創作物、それにあなた自身のセンスが社会に受け入れられないということでしょう」

 ふつふつと怒りがわき上がってきて、めまいがしてきた。

「機械風情には文学というものが理解できないようだな」

「ピッ。はい、理解できません。文学とはなんですか?」

 俺は答えに詰まった。

「文学というのはだなあ・・・・・・。その・・・・・・、人間の感情や情緒を文章力豊かに描写するというか・・・・・・」

「ピッ。人間の感情を克明に説明すれば良いというのなら、心理学の解説書は文学ということですか?」

 そうではない。・・・・・・では文学とはなんなんだろう。どう説明して良いか分からない。

「ピッ。文学の定義を説明してください。文学作品を執筆しているのなら可能なはずですよ」

 答えに迷う。自分でもよく分からないよ。

 有名な文学賞を受賞した作品でも、どうしてそれが受賞したのか理解に苦しむような小説がある。どういった基準で文学的な小説を選ぶのか。俺は文学というものが分からなくなっていた。

「ピッ。あなたはどうして小説を書き続けるのですか」

「えっ」

「ピッ。あなたの生活水準は平均よりもかなり下回っているようです。そんな社会の底辺において小説を書き続けるのはなぜですか」

 コンピュータプログラムは遠慮なしに土足で俺のプライドを踏みにじる。

「そ、それは夢があるからだよ・・・・・・」

「ピッ。あなたの文章力や発想力を分析すると、売れる可能性はまったくありません。読者が求めるものを与えるのではなく、自分が書きたいものを吐き出しているように推察できます。自己満足で執筆しているのでしょう。俗に言うオナニー小説・・・・・・」

「うるせえんだよ!」

 機械に向かって怒鳴りつけた。俺は何をやっているんだ。

「機械に俺の気持ちが分かるかよ! そ、その大器晩成って言うだろ。これからなんだよ俺は」

 無機物に向かってケンカ腰だった。

「ピッ。あなたは20年以上も小説を書き続けているのでしょう? それでも社会に認めてもらえないということは・・・・・・」

 俺は両手の拳を力一杯握りしめる。

「・・・・・・あなたに才能がないのです。どうしてそんな簡単なことが分からないのですか」

 ポリゴンの口の端が上がり、俺のことをあざ笑っているかのように思えた。

 怒りのために頭が煮えたぎった。部屋の低温も感じることができない。

 人間に言われるのなら我慢ができる。小川さんからも厳しい批評を受けた。それでも受け入れることができたのは人間的な温かみがあったからだ。しかし、機械にバカにされることを許容するのは不可能だった。

「う゛えぉー!」

 意味不明な言葉で吠えて、俺はドアに駆け寄った。

 かけてあった斧を手にすると振り上げてパソコンに近寄った。

「何をするんだ!」

 小川さんが俺の手をつかんで制止する。

「ふざけんな!」

 編集長は怒鳴って俺の腹に膝蹴りを入れてきた。腹部にどす黒くて激しい痛みが走る。

 斧が床に転がって大きな金属音を響かせた。

「これはお前のようにチンケな作家が壊していいもんじゃねえんだよ」

 小川さんはそう言って意識が揺れるほどの往復ビンタを俺に食らわせた。

「このマシンにはお前の生涯収入の何百倍もの金を投入しているんだ。てめえの命くらいじゃ釣り合わない物なんだぞ」

 俺は小川さんに襟首を掴まれたまま長い廊下を通って、外に放り出された。

 駐車場のアスファルトの感触を発熱した顔面で感じる。冷たくてザラザラして、ほっぺたが少し気持ち良い。

「もう、電話してくんな!」

 そう言い残した小川さんの顔は悪鬼のようだった。

 自分の担当する作家は大事なのだろう。特にベストセラー作家ならばなおさらか。


 しばらく横たわり、痛みが和らぐのを待ってから俺は立ち上がった。

 大きく息をすると腹筋が痛む。ふらつきながらバス停を求めて山のふもとに向かった。

 バスを降りて電車に乗り継ぎ、アパートにたどり着く。部屋の中に入ると倒れ込んで仰向けになった。

 薄暗い部屋に西日が差し込んでいる。

 俺は自分の人生を振り返ってみた。

 子どもの頃から小説家になることが夢だった。拙い文章で推理小説などを書いて悦に入っていた。卒業して会社で働くようになってからも小説を書き続けたが、自分の小説を他人に読んでもらったことは少ない。

 小説に全力投入するようになったのは、ある文学賞に応募して佳作になってからだった。担当が俺の作品を気に入ってくれて出版してくれたのが間違いの発端と言えばそうかもしれない。

 気分は有名小説家。小川さんは反対したが、俺は会社を辞めて執筆活動に専念する。

 だがしかし、本は全く売れずに底辺の生活を送るようになった。


 俺の人生はなんだったんだろう。


 振り返ると嫌なことばかり。

「チクショウ」

 絶対に売れっ子の小説家になってやる!

 空川の小説は消費物だ。あと10年も経ったら世に残らないだろう。・・・・・・しかし、それでも俺のように何も認められないよりはマシか。

 悔しいと感じ、その感情がつらい。

 ああ、直木賞を穫ってバカにしたやつらを見返してやりたい。

 有名な作家になって他人から尊敬されたい。印税をガッポリ稼いで大きな家に住みたい。広い庭で犬を飼うのも良いな。一度で良いからフェラーリに乗ってみたい。

 自分の作品が映画になってほしい。アニメでもいい。それで美人声優と結婚したい。

 とりとめのない思考がドロドロと脳裏を這い回る。

 そして、ぼんやりとしたものが残った。


 俺が生きてきた証を残したい。


 日が沈んで部屋は暗くなっていた。

 ゆっくりと立ち上がり、照明もつけずにパソコンの前に座る。

 俺は電源を入れてストーリーエディタを立ち上げた。

 そして、新しく執筆する小説のタイトルを入力する。


『ファンタジー世界に転生した無職の俺は無敵で女の子にモテモテなんだが何か質問ある?』


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