ミルクティーは甘すぎる
「私、嘘を吐かれるのが許せないんです」
白磁のような肌を紅潮させながら彼女は震える声で言った。
それを聞きながらすっかり温くなったコーヒーをスプーンで掻き回す。砂糖もミルクも入れてないから、そんな必要はないのだけれど。
けしてばつが悪いから、というわけではない。彼女の話に興味がなく単に早く帰りたいだけだ。
「彼、最近友達と遊びに行くって言って連絡つかなくなるけど、嘘なんです」
彼女の前に置かれたミルクティーは、砂糖を入れられたものの口をつけられないまま冷めていく。
勿体ない、大して美味しい店でもないのだからせめて温かいうちに飲まないと。
「ふーん、そう」
だからそれを私に聞かせてどうしようと言うのか。彼女にかける言葉を持たない私は適当に相槌を打つしかない。
お気に召さなかったのかきつい眼差しを私に向けてくる。本当に鬱陶しい。
「許せないのなら別れたら?」
最大限の譲歩で仕方なく言葉を続ける。
けれどあまり得策ではなかったらしい。彼女は頬をますます紅潮させ震える声で吐き出した。
「浮気相手の貴女がそれを言うんですかっ」
激情を私にぶつけてから、慌てて周囲を見渡す。その様子が滑稽で吹き出しそうなのを堪える。
幸か不幸か、彼女の激情に周りの人は無関心だ。誰にも届いていない。私にも。
彼女の声が大きくない、というのもあるけれど、近くのテーブルの人々は思い思いに本を読んだり、会話をしていたりでこちらに興味を示してはいない。俗に言う修羅場と言うやつなのに。
けれどいい気分ではない。別に苛める趣味はないけれど、噛み付いてくるのなら自衛はする。
「ところで浮気相手とか言ってくれたけど、あなたこそいつから彼と付き合ってるの?」
彼女はやや意表をつかれたように鼻白んで答える。
「今年の春からですけど」
そんなことだろうとは思った。コーヒーを一口飲む。温くなったそれは、ひどく不味い。
「私は去年からだけど」
可哀想に、紅潮していた肌が色を失っていく。けれど先に口火を切ったのは向こうなのだから容赦はしない。
「それで、私から見ると浮気相手はあなたなのだけど、何か言うことある?」
彼女は何も言わない。ただ唇を噛み締めてミルクティーを見つめている。
可愛らしいな、と思う。私とは全然違うな、とも。
「だって、私のことを一番好き、だって……」
消え入りそうな声で祈るように、すがるように呟く。でも私は優しくないから。
「嘘、なのかもね。あなたが許せない」
小さく肩を震わせて俯く。彼女の大きな瞳は涙で濡れているのだろうか。少しだけ同情をする。
「勿論、私が二番目の可能性もあるけれど」
だからだろうか、ささやかな希望を持たせる言葉を掛けてしまう。なんの慰めにもならないのに。
「だったら……!」
ほら、だから彼女は何かを期待するような目で私を見つめて、そしてその浅ましさにまた視線を落とす。
どれが本当の事かなんて私達にはわからないのだから。
コーヒーをくるくるとかき混ぜる。
「私は別れないわよ」
長い沈黙の末、彼女に私の気持ちを突き付ける。
「嘘を吐かれてたっていい。そんな彼が好きなんだから」
馬鹿な女、都合のいい女、多分私はそういう類いの立場だ。でもそれでもいい。正直なところ、目の前の彼女に呼び出されたのは想定外のトラブルだったけれど、許容範囲だ。
カップに少しだけ残ったコーヒーを飲み干す。
「じゃあね。機会があったらまた会いましょ」
伝票を手に取って席を立つ。
彼女は何も言わない。それ以上声を掛けるのは野暮だろう。無愛想な店員相手に支払いを済ませ、早足で店の外へ出た。
握りしめたままのレシートを確認して彼女の頼んだミルクティーの値段に顔をしかめる。結果的に奢ってしまったのだから、彼女が帰るまでにせめて一口くらいは飲んで欲しいものだ。
あんな甘いもの、私は飲めないけれど。




