第四話 触れるには遠く、振り払うには近く
柿谷は己の無力を理解した。己の役割を理解した。そして一つだけ理解しえない事があった。
それは稲村が、円真希を含めた四人、とした事だった。
無力であるという点では真希も自分と変わりはしない。役立たずとして切り捨てられたのならばいざ知らず——
「どうして……どうして私を……?」
柿谷のその疑問に決着がつくより前に、真希は自ずと切り込んでいった。彼女もまた無力を理解して、その上で柿谷よりも魔法商女として劣ると自覚していたのだ。
「どうして、ね。どうしてもよ」
不意に苦々しい表情を見せるも、また凛として稲村は真希の問いに解答を向ける。
「とても残酷で非道な事だとは思う……。それでも、一人でも多くの戦力が欲しい……」
珍しく歯切れの悪い言葉を連ね、遠回りと足踏みを繰り返してその答はようやっと真希のもとへやってきた。
「……貴女の魔法商女としての未来は食い潰してしまうかもしれない。それでも不格好で未完成なあの最後の審判が私達には必要なの」
しかしその答は真希を納得させるにいたるものでは無かった。
【Le pas assez de Jugement】として唱えられた破魔の魔法。その本質は欠落した最後の審判であり、たった一人の魔女すら退けられず、真希からすれば到底役に立ち得る物とは思えなかったのだ。
その頃同時に柿谷も幾つか不審な点を見つけていた。中でもとりわけ大きな不審は朝倉が割って入らなかった事だ。柿谷にとって朝倉は嫌味な敵から始まり、苦手な上司を経て頼れる師へと移り変わり、その師が自らの弟子である真希から未来を奪う可能性を孕んだ選択肢に噛み付いていない事は、朝倉の人柄を考えるととても尋常ではない事に思えたのだ。
そしてそれは不審ではなく核心へと変貌する。
「……先生の意志を継いだ者はもう此処に居る五人しかいないの……。だから……京子さん……」
「…………分かってるよ。分かってんだそんな事は……」
苦悶の表情を浮かべる朝倉と間宮に、もう選択肢がない事を柿谷を含めた全員が察知した。
そんな中でも腹を括ったように眼光を据え、朝倉はまたいつもの強気な姿勢を取り戻す。
「それでも円はなるべく引っ込ませる。柿谷も一緒に連れ回す。目的は果たすが、その為になんもかんも擲つのはまだ早い」
「ええ、そうね。幸いこちらにはクイーンが二枚揃っているのだから、私が指揮を間違えなければどうとでも戦えるわ」
一時淀んだ場の空気も澄み、再び魔法商女達に戦う決意が芽生え始める。
もっとも、それは彼女達の勝手な都合であった。
「稲村さんに間宮さん、お久しぶりですね。皆さんお揃いで何よりです」
何処からともなく聞こえるくぐもったその声に、五人は戦慄し凍りつく事になった。