第三話 四人
闇が解れるのにかかった時間と、その内から顔を覗かせた柿谷の意識に朝倉が声をかけるまでにかかった時間はそう違わなかった。
僅かな時間だったが、柿谷には気持ち長く感じられていた。そして真希の言葉は彼女の納得いくものであった。
「そう、残念ね……」
安堵の空気とともに徐々に差し向けられる敵意を他所に、稲村は落胆のため息を吐く。彼女にとって柿谷みさの魔女堕ちは望ましい形ではあったが、成されぬならまたそれも構わない程度のものだったのだ。
「……稲村さん……間宮さん…………」
「……ごめんなさい、円さん」
真意を問う言葉を察知してか間宮は真希に頭を下げた。その行動の違和感を、動転していた朝倉を除いた二人の魔法商女は感知していた。
「先にもう一度釘を刺すようで悪いのだけど、私達に敵対意思は無いわ。それでも、柿谷さんを害そうとした事実は貴女達が見た通りよ」
無機質な稲村の応答で、真っ先に動き出したのは間宮だった。それは感情的になりやすい朝倉の制止のために走ったのだが、当の朝倉は柿谷の濁っていない瞳に安心半分、尊敬半分でいっぱいいっぱいだった。
「…………心ない言葉に聞こえるかも知れないわね」
良くも悪くも注意の集まった稲村は、珍しく予防線を張るような言葉を口にした。柿谷の視線の先に気付き、教え子の前に立ちはだかるよう稲村と相対する朝倉に稲村も面と向かって目的を告げる。
「……貴女が最も理解していると思うけれど、柿谷さんを通常業務に戻らせるわ」
それはまだ目的を知らぬ柿谷と真希にとっては無意味な言葉だった。むしろ二人に届かぬよう選ばれていた。その真意を知った朝倉は、少し悔しそうに納得する。
「……それは別に構わないよ。ただ、あいつだってもう立派な魔法商女なんだ。ガキ扱いしないでやってくれよ」
いらぬ気遣いだったかも知れないが、稲村はそれを無駄だとは思わなかった。彼女にとってもそのワンクッションは大切なものだったのだ。
「……そうね」
教え子の前から退いた朝倉に頭を下げ、稲村は柿谷に向けて言い直す。
「……私達は四人で九条瑛太を打倒する。私と、朝倉さんと、間宮さんと、円さんの四人で」
その時柿谷の脳裏に浮かんだのはいつか聞いた朝倉の言葉だった。自分の魔法は魔女に対して全くの無力である。そして天秤二つを従えた間宮の姿を思い浮かべ、全てを理解した。
彼女の腕からはもう鳥肌は消えていた。