第二十三話 脆弱
朝倉京子は大層不機嫌だった。感情を素直に表現する癖の是非はともかく、態度や語調、行動、言動。彼女の何気無い一挙手一投足、その立ち居振る舞いが如実に精神状態を表す、表裏の無い捻くれ者と言うレッテルが相応しい。そんな彼女が不機嫌そうにしていればそれは即ち不機嫌そのものであると言う事だった。
彼女の機嫌を損ねたのは地方版の朝刊、その一面を飾る暴落の文字。黒く塗りつぶされた長方形に抜かれた白いその文字は、ひと月前彼女が受け持った取り引きの不出来を訴えかけるようだった。
「京子、新聞見たか」
棘をむき出しにして書類をまとめる朝倉を、最初につついたのは栄介だった。
「見たも何もご覧の通りさ。忠告通り問題起こして暴落なんてこれじゃあお笑い種にもなりゃしないね」
伽耶製薬は朝倉の言葉を無視し、新型カプセルの使用を断行した。もっとも取り引き仲介人とは双方に不利益の無い折衷案を提案するものであり、他方の合意さえあれば元から考えていた案を押し通すことも出来る。助言役であり決定権を持つわけでは無い立場の朝倉にとって、この件はとても気持ちのいいものでは無かった。
「そうだな。お前さんの言う通りにしていれば少なくとも問題は起きなかった。製薬会社としての信用を失い、暴落する事も無く、今や倒産の危機など無縁の話だったはずだろうに」
コピー用紙の束をリングファイルに綴じていた手を止め、朝倉は睨みつけるように栄介の方を振り返った。
「流石、察しがいいな。朝倉京子、お前のせいでこの会社は潰れようとしているんだ」
この責任はどう取るつもりだ。その言葉は栄介の喉に引っかかって飛び出さなかった。無論朝倉の剣幕に臆したのではなく、彼女が栄介にとって大切な教え子であった故の甘さであった。
嘲笑するでも侮蔑するでも無い、かと言って怒りの感情もなく朝倉は作業に戻った。それは感情を隠したのではなく、表すべき感情を理解出来ないでいたのだ。
混乱と言うよりも混雑。曲がりくねって訴える。その感情が刺々しいだけのものではなく、まだ繊細で弱いものだと。
「お前さんはまだ子供だ。お前を知らぬ者には言葉に説得力が無い」
朝倉に歩み寄る栄介は彼女の目元や耳が赤く染まっていくのを見て少しだけ胸をなでおろした。
「能力があるならそれを行使する責任もある。それを示す義務がある。大丈夫、お前は強くて優しい魔法商女になれる」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でるその手を、朝倉は払おうとしなかった。