第二十一話 起源
ブリキの筆箱を首に当てがい、栄介の持ってきたタオルを真っ赤にしながら話を始める。
「サイコロの目ってのは六つで、出る通りも六つ。だけど結果が六通りとは限らないんだわ」
突拍子も無い朝倉のその弁に二人は目を丸くした。話し始めようといった雰囲気も、その話に至る脈絡も無かった事と相まって、奇妙な空気の中で説明のような考察を続けられる。
「一から六の目が出るならいいさ。でも椀を伏せてしまえば目が分からない、って解も出る。粉々に砕け散れば、綺麗に対角の頂点から割れれば、サイコロが行方を眩ませれば。幾らでも目が出ない択は挙げられるわけだわ」
「随分薄い確率の話だね。それこそ全部合わせたって、一つの目が出る確率に遠く及ばないだろう」
流血が治まったのを確認すると、朝倉は血みどろになったタオルを折りたたんで栄介に手渡す。もうそれを訝しむ事さえ忘れて二人は朝倉の考察に食ってかからんと耳を傾けていた。
「そう、薄い確率なんだわ。でも決してあり得ない訳じゃあ無い。無くは無いってのが大切で、目の不確定な状態。つまり回ってる最中だとか、椀を開ける前なんかに目を操作出来たらどうなる?」
「それはつまりイカサマだね。グラ賽でも使うか、お椀の底でも抜けばお前に出来ないことじゃ無いだろう」
珍しく、と言うか恐らく初めて栄介の口から朝倉へ言葉が飛ばされた。面を食らって黙りこくるか、口を挟む間も無く畳み掛けられるかしていた彼も、こと議論においては口を開かずにはいられなかった。
「そ、イカサマする事自体は容易。でもイカサマってのは不公平な訳だから、魔法って奴のスジからは外れてて、そのしっぺ返しもキチンと存在するって事が分かったんだわ」
「するとその眼の充血も鼻血もしっぺ返しだと」
まあ、そうなる。と朝倉は小さく頷いた。
「あのサイコロ作る時、原理を限定したんだ。事象に対する目を写す事と、それが須らく公正足る事。取り引きの仲立ちしようって腹なら贔屓は出来ないからねえ」
兄弟は彼女の発した公正という言葉に、酷く胡散臭さを感じたが言葉は慎んだ。そしてその原理の限定や、先のスジの話を引っくるめて一つの解答にたどり着いた。
「つまり、魔法とは公正公平を誓った下に造られ、それを踏み外せば罰が下る物であると。しかし何故そんな限定的な事象として……」
瑛太が頭を抱える横で、栄介は願望を口にするように述べる。
「望美が……。原初の魔法がそう望んだからでは無いかな……」
栄介の心は懐かしく暖かい物に包まれていたようだった。