第二十話 紐解き
内側から茶碗を叩く音が止んでも、二人は朝倉の言葉を理解出来なかった。
賭場を開くと言う旨を理解出来なかったのではなく、そこに隠された意図を飲めずか、あるいはこの時この場に賭場を開く神経を疑ってか。
「ほら、張んなよ。二つ張りの四つ返しで後張りは三つ張りの四つ半で良いだろ」
ぴぴっと指を手早く折り示して二人の参加を促す。年端もいかぬ少女に仕切られ、渋々というかむしろ引き摺られるように二人は財布を取り出して朝倉の前に立ち揃った。
「二割ないし一割テラで引っ掛けようなんて、本当に私たちの方が四半世紀近く長く生きている事を分かってやっているのかい」
呆れ返った素振りをしながら、瑛太はお札を二枚茶碗の隣に賭け、拳を作って朝倉に提示した。
そんな瑛太の様子に観念したか、栄介も財布ごと置き去って掌を広げて見せた。
「はいどーも。それじゃ開け——」
突如少女の余裕綽々といった顔色が一変した。眉間を抑えて俯くと、茶碗にかけていた右手を口元に運んで、心底苛立った様子で低いうなり声のような溜息を吐いた。
「そういう事は出来ない、って事かねぇ」
朝倉の細い指の間から、赤い糸がぽつぽつと床に滴り落ちた。その悪態とは裏腹に眉間にしわを寄せ、真っ赤に充血させた眼を物憂げに伏せ、流れ出る鼻血を見つめていた。
「朝倉さん! 兄さん、タオル持ってきて!」
兄を捲したてる瑛太を制し、朝倉は茶碗に顔を向けて開けるように指示した。
「目は丁、そっちのしゃちょーさんの勝ち。間違いないかい?」
茶碗を掴み上げて間も無く朝倉はそう言った。様子を見るに物はよく見えておらず、口ぶりから瑛太はその目を言い当てる自信があったのだと思い込んだ。
「三の四で、目は半です……」
「あー……そう。じゃあもうイカサマしようって心持ちがアウトなんだろね……。あ、なんか冷たいもん貰える?」
苦虫を噛み潰したような顔で朝倉は栄介のいる方に向かってそう要求した。栄介はどうしても彼女の妙に大きい態度に納得がいかない様子であったが、止まることなく流れ続ける血を見て近くにあった金属製の筆箱を差し出し部屋を出て行った。
「……貴女、なにか心当たりがあるような口ぶりですね。目を断言したのもまさか五分五分に突っ張っただけでは無いでしょう?」
しゃがみこんだ朝倉の背中をさすりながらそう問いかけた。いやに尊大で威圧的な少女のその小さな背中に、瑛太の心は恐怖よりも好奇心と信頼を強めていった。