第十九話 じゃじゃ馬
朝倉京子は間違いなく秀才であった。飛び抜けた記憶力こそ天賦の才であったが、幼少より培い続けた思考能力が彼女の一番の強みであった。常に目の前の現象に難癖をつけ続けた彼女にとって、不思議な現象という物は存在せず、全て等しく、解き明かす為の玩具としてのみ存在していた。
「なんか気持ち悪かったんだよねえ。魔法の正体がただ色んな事が出来るようになって、言葉に異常なほど説得力を持たせる事ってのはさ」
口を閉じる事さえ忘れた兄弟に向けてか、朝倉は話を始めながらサイコロをぎゅっと握りしめる。
「だからこいつにやってもらって、こいつに説得力を持たせれば良いかなって思ってねえ。ほら、なんか反動があるって言ってたし、ワンクッション挟んだらちったぁ解消されるだろ、ってのも一つ」
納得した様子で頷く二人を見ると、朝倉は拳を開いてその中にあったサイコロだったはずの物を耳につけ始めた。
それはサイコロとは程遠いピアスだった。その事が追いつき始めた二人をまた突き飛ばして、その事に気付いた朝倉に制止を促した。
「なんだい、魔法がどうのこうのって言い始めたのはあんたらだろ。なーんで面食らった顔してんだよ」
ここに至って漸く二人も理解した。これまでに起こった驚異的な事象も、目の前の原因が自分達よりも遥かに上で暴れまわる知性の暴君である事も。
理解したのならばそれからは早い。もう彼女が年端もいかぬ少女であるなどと考えず、食らいつくべき難問であると認識して立ち向かった。
「いや、すまないね。正直な話君が魔法をすんなり受け入れた事に驚いていた節もあったんだ。おかげで他の事に驚くのにも時間がかかってしまったんだけど……」
やっとの事で口を開いたのは瑛太だった。栄介は弟の抜け出した穴にまだ囚われたままで、最早なんと言ったら自分が叩き伏せられないのかも分からないでいる。
「とりあえずサイコロが二つあるんだからさ——」
つかつかと栄介の方へと向かうと、飲み終えた茶碗を掻っ攫って雫を床に振り払い、そこへサイコロを二つ投げ入れてデスクの上へ伏せた。
仮にも社長室、社長のデスクであったがそんな事は御構い無しに朝倉はデスクに腰掛けて挑発するように二人に呼びかける。
「ほら張った張った。後張りは増し付けな」
栄介が生真面目な性分だったのもあり、創設から紳士たれを重んじてきた九条社に、初めて賭場が開かれる事になった瞬間であった。