第十六話 地獄
明美にとって九条社の社員は家族のようなものだった。祖父である栄介は勿論、毎日学校から帰ればそこにいる大人達に、少女は幼い頃から馴染んできた。それは栄介の弟、瑛太も例外では無かった。
栄介の思惑通りと言ったところか、母を亡くした彼女だったが、歪む事なくまっすぐに成長する事が出来る。秋栄も父の背中に頼もしさを感じていた。
平穏な日々を過ごす九条社に変化が訪れたのは夏の事だった。
「叔父さん、その子はいったい……」
「ああ、彼女は朝倉京子ちゃん。先週喫茶店で一悶着あってね、その時に知り合ったんだ」
叔父、瑛太が連れてきたのは髪を茶色く染めた女子高生だった。
「おっと、変な誤解をされる前に言っておくけれど、彼女はここに入社するかもしれない新人候補だ。それについて兄さんと話をしようと思って連れてきたんだ」
一見すると犯罪の匂いを醸す状況に、瑛太は一本線を引いた。そしてそのまま朝倉を社長である栄介の元へと連れて行く。
「兄さん、入るよ」
開け放されたドアをノックしながら瑛太はそう言った。
「そろそろ若い人材が欲しいって兄さん言ってただろう? 彼女、素行不良で学校に居られなくなるかもしれないけど、間違いなく優秀な子だよ。兄さんの力で魔法を発現させられないかな」
「若い人材が欲しいとは言ったが……若過ぎやしないか。それにあれは危険だ。望美にも悪かったと思っている。あんなものは若気の至りと言うものだ」
栄介は妻の片目に酷く負い目を感じていた。それは若い頃に強く輝いて見えた力への憧れや興奮、忘れるべきでは無かった畏怖、そして夢。全てをひっくるめて栄介は過ぎてしまった悲劇として扱っていた。
無論望美の魔法無くして九条社は存在しなかったのも事実ではあるが、先行投資として初代が負った債として栄介はそれに触れようとはしない。
「兄さん、それは魔法の話だろう。私もその事は同意するし、義姉さんの事も私だって辛い。でも——」
言葉の最中に朝倉の手を取って、一歩入っただけだった栄介との距離をずんずん近づけると、デスク一つ挟んだだけのところまでやってきた。
「魔法と魔法は別の話だろう? 彼女には素養が間違いなくある。負担を減らしてやる方法を考えれば良いのさ」
瑛太は熱を込めて兄を説得する。栄介が首を縦に振るまで食い下がるという意思をはっきりと押し出していた。
弟に根負けしたのが癪にさわるようで、栄介は自発的に選んだような態度で首を縦に振るのだった。