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第十四話 綻び

 九条株式会社の庭に植えられた紫陽花に蕾がついた頃、秋栄の妻はこの世を去った。それは明美が産まれてすぐの事だった。

 もともと体の弱かった事もあって、妊娠が発覚して五ヶ月の頃から、もう彼女は現地の病院へ入院していた。

 秋栄にとって彼女の美しい容姿は自慢であった。もちろんそれに限った話ではなかったが、羨ましがられる美人の妻を彼は余すとこなく自慢していた。

そんな彼女の遺体は、全身にどどめ色の痣を作り、綺麗な姿のまま汚れきっていた。

 死因は失血死。身体の内側で彼女の血管が数百カ所切断され、医師が異変に気付く間も無くその時を迎えた。その異様な死に様に医師も看護師も、秋栄を始め遺族も、秋栄の同僚も困惑の色を隠せなかった。ただ一人、葬儀にも出なかった瑛太を除いて。


 何も知らず泣く明美をあやしながらの葬儀も終わり、秋栄もまた伽耶郡を去り、外国の自宅へと戻った後の事。秋栄は瑛太の元を訪れるのだった。

「ああ、秋栄。よく来てくれた。葬儀の事、本当にすまなかった」

「いえ、伯父さんはいつも忙しくしている人ですから。父も、伯父さんのする事に理由のない事はない、今回も葬儀よりもきっと、僕の為になる事の為に動いているんだろう。って」

「栄介はどうも私の事を頼りにし過ぎるきらいがある。あいつの言う事を真に受け過ぎず、お前は私を薄情な男と思ったって良いんだぞ」

 ほんの数ヶ月であったが、秋栄が以前訪れた時よりも雑貨の数は増え、今もどこの文化圏かも分からないような土瓶でお茶を入れている。

「秋栄の為に、と言うのもあながち無くはなかったが、私は私の為に、私の好きな事を探しているに過ぎない。お前が好きだった日本茶も、私も飲みたかったから探しただけだ。ほら、痰切り飴は無いだろう」

 土瓶からティーカップに注がれた日本茶を秋栄に差し出してそう言った。秋栄もそれに苦笑いを返した。

「痰切り飴が好きだったのは子供の頃の話でしょう。それで、伯父さん。今日は……」

 言葉に詰まった甥の姿に、瑛太はひどく冷たい態度で突き放す。

「その事には首を突っ込むな」

 優しい伯父の発した強い語気に圧されて、秋栄は目を丸くした。そしていつもの優しげな表情に戻るのを見て強張った肩をストンと落とす。

「悲観してヤケにもなるな。お前には彼女が遺した大切な役割があるだろう」

 秋栄の脳裏には産まれたばかりの明美の顔が浮かんで、すぐに口から肯定の返事が漏れ出した。


 その夜、明美を寝かしつけた秋栄に、ふと昼間の瑛太の言葉が過るのだった。

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