第十二話 九条明美
九条社が立ち上がったその日から丁度二十五年経った。
屋敷は門を新たにし、離れを取り壊し、その本殿を広く大きく建て直し、九条株式会社と銘を改めもう立派なオフィスと呼べるものにまで成長していた。
かつて平屋建てだった屋敷に増設された二階に住んでいるのは中年の夫婦二人きり。その中年の夫婦こそ創設者である九条栄介、及び創設から現在に至るまで補佐を務め続ける望美であった。
兄瑛太は九条社の上場を見届けた後、行方を眩ませていた。栄介も望美も酷く困惑し、悲嘆したものの、かつて兄が取り仕切っていた九条が元々持っていた会社の違地での存続を知り九条社はそのまま波に乗り、大きく大きく成長していった。
それから間もなく、夫婦の間に一人の子供が出来るのだった。九条秋栄と名付けられ、一人息子は大切に育てられた。
やがて秋栄も妻を娶り、独立して兄の元で働くようになった。
栄介は当初九条社に勤めるよう勧めたのだったが、望美の計らいで兄の元へと送られた。彼女曰く九条社は格段に特殊な環境であり、後を継ぐのであれば瑛太にまた助力を貰わなければ中々思う通りには行かぬであろうと言うことだった。
当人に格段に特殊な環境とまで言わしめた九条社であったが、表向きはなんら変哲も無い経営意見所、しかしその実態は既に、この時点からはまた二十余年の月日の先に過ごす真希達【魔法商女】を擁する九条経営取引コンサルタントと寸分変わらぬ奇天烈な会社としての基盤を完成させていた。
上場を達成する数年前、望美の不思議な能力はその花を咲かせるどころか一斉に実を付け始めたのだった。
それまで英術、算術等において抜きん出た理解力と応用力を示していたに過ぎなかった彼女の能力は突然その枝葉を目一杯広げ、自動演算を熟し、同時多国語翻訳を熟し、果ては無味乾燥な機械的判断にとどまらず人心から人徳までも含めたあらゆる面における社の可能性を掘り下げるなど未来に生まれる【魔法】を遥かに超越した能力となっていた。
しかし魔法商女の奔りとして、早すぎる熟成が生んだ奇怪な能力の塊であった彼女の存在はそのままでは不信を呼びかねなかった。
後にスマイリーネゴシエーションと呼ばれる、単に能力としてではなく栄介と望美の試行錯誤の繰り返しの末に人為的に作り上げられた【魔法】によってその不具合は解消されてしまった。
瑛太の元で働く秋栄夫婦に娘が生まれたのはこの頃だった。名前は明美と付けられ、それはそれは可愛がられて育てられるはずであった。