第二話 母娘
兄弟の家にテレビがやってくるその日から遡る事四ヶ月と十日ほど、年の開けと共に栄介見合いの話が舞い込んできた。
相手は古くから九条とよしみのある三旗の家の栄介とは二つ離れた歳下の娘。
話が来てひと月経つと見合いの席を設け、またふた月経つと婚儀の文を書き、そして今月の暮れに晴れて夫婦の仲となる予定がたてられた。
そしてこれはそのもう一人の話。今よりひと月ほど前、文を配り婚儀を控え浮き足立つ三旗の家の話。
伽耶郡の中でも三旗の家は大きくは無い。一世紀二世紀と前の古くからそこにあり、広い畑こそ持ちながらただ旧いというだけの農家である。
片田舎の名ばかりの名家に野菜を納めてきた関係で、九条と三旗とはもう四世代の交流があった。
そんな農家の煤払いも済まぬ小さな家に、活発に動き回る娘が一人。
「母さま、もう止しん。よう寝よらんと式にも出られんくなるよ」
竹桶を小脇に抱えせわしなく庭と軒先とを行き交う娘、望美の先には足踏みミシンの前に妙齢の女性が座っていた。
「そんでも着物くらいはこさえてやりてえだよ。タンスもかんざしも出してやれんけど、お古でもこん着物だけは嫁入りの時ん持ってかせてやりてえ」
たんたんと針を上下し、褪せとほつれとを丹念に繕いながら、望美の母は口を動かす。
その着物は望美の曾祖母が嫁入りの時に着たもので、それを代々の嫁入りに修繕して持っていったのだと。
望美がその話を聞くのはもう何度目になるかは分からなかったが、それでも嫌な顔一つせず咳き込む母の背をさするのだった。
「今日は冷えるで、また明日にしたらいいよ。着物が間に合わんより母さまがおらんで式挙げる方がよっぽど嫌だで」
そう言って望美は母に肩を貸し、おぶるようにして寝室へと連れて行った。
すまんねぇ。と消え入るような声に頷きながら、望美は母を床に寝かせ布団をかけて部屋をあとにする。
そしてまた洗濯物を桶に詰めて表の水道へと向かった。
部屋の奥では三月の柔らかい陽射しが、母の温もりをまだ残すミシンを薄明るく照らしていた。
魔法商女の発端となり、事の元凶となる未来はもう少し先。
それでも望美の周りには祝福の兆しが既に取り囲んでいて、気付かぬうちから望美は魔法商女として覚醒していくのであった。
着物は既に仕舞い込まれていたが、部屋の天井に反射する光はゆっくりと前後していた。