第二十五話 始
柿谷の中には一つの違和感があった。実際には二つ三つと挙げればキリがないほど疑問や不信は募っていたが、当人が気にかけた物がその一つだけだった。
「ちょっと待ってよ。あんた……稲村さん! 間宮さんの魔法を奪った、とかあたしに釘刺すような事してたじゃんか! 二人だってその事は知ってるはずでしょ⁉︎」
不穏な空気を断ち切って、柿谷は朝倉と真希に詰め寄る。あくまでも柿谷にとって稲村は『間宮の仇』であり、それに伴って『自分達三人の敵』であった。
当の稲村は不快感を隠す事なく溜息を吐くとまたグラスに炭酸水を注いだ。
「順を追って説明させて貰っているのだけど、そこの所いいかしら? 貴女と接触したのは去年の秋口でしょう。今はそれよりも昔の話をしているの」
苛立ちをそのまま垂れ流したような稲村の言葉を受けて、柿谷は真希に制される。それを見届け、またグラスに口を付けると説明が始まった。
「私は朝倉さんが睨んでいる通りもう魔法商女では無い。ああ、貴女達が魔女と呼んでいる物の説明もしないといけなかったわね。本当、どこから手を付けたらいいのか」
先程柿谷に向かってついた溜息とは違う嘆息を吐いて頭を抱える。こめかみを人差し指で叩くと、眉間にしわを寄せ柿谷へ視線を向けながら話を戻す。
「その視線が面倒だから先に答えを与えておくけれど、敵対するつもりは無いわ。それから私は……ああ私と間宮さんは魔法商女では無く、貴女達が魔女と呼ぶ存在になるかしら。それを念頭に置いて話を聞いて欲しいの」
何度か間宮とアイコンタクトを取ると、俯く朝倉の表情を伺うように覗きんでゆっくりと口を開いた。
「私の目的は一人の男、貴女達の知る九条瑛太を退ける事。勿論必要ならば打ち倒す事も視野に入れているし、その事についての賛同をこのまま貰う事が難しい事も理解している」
「今からするのは昔話。伽耶岬で起こった悲劇と、魔法商女の起源と魔女の話」
伽耶岬がその名前になる前の頃、今から五十年ほど昔。
その地の名は伽耶郡と呼ばれ、海と山とに挟まれた長閑な集落だった。
その中でも一際大きく郡の象徴とも言える名家九条と、そこに嫁いだ一人の娘。
娘の名は望美。原初の魔法商女であり、悲劇の始まりでもあった。