第二十話 不求の救い
二つの賽は朝倉の手の中に現れた。
当然と必然に裏打ちされて賽の輝きは白を強め、眼を刺すような光の切っ先を部屋の中全てのものに突き付ける。
「言霊から既に魔法として成り立って、ああ……。いえ、聞きしに勝る力。私達とは位の異なる魔法商女、朝倉京子さん」
賛美の言葉を贈ったのは桜田だった。そこに妬み嫉みは無く、ただ純粋な憧れと尊敬と。陶酔の様な甘い感情だけを潜めて眼を細め手を叩く。
乾いた拍手の響き終えた後、ほだえる様な声色も変わらず、しかし凍りつく様な呪いを桜田は唇の端からこぼし始める。
「それでも、私達にいいようにされておしまい。複雑ですね。理想の魔法商女像足る貴女が私達のような劣等品種に屈伏する姿を拝むと言うのは」
「それなら大人しく帰ってくれればいいんだけどな。そうは行かないだろうから、こっちとしちゃ負け戦に突っ張るなんて馬鹿しなくちゃいけなくなる」
言葉も態度も後退りする朝倉の姿に、程なくして真希は戸惑いと確信を掴んだ。戸惑いは不安を呼び、確信は憤りへと昇華して闘争心に火をつける。
それでも掴んだその手を離さぬように、唇を噛んで拳を作る事しか出来なかった。
「憧れとはいつか別離しなければならないものね……。私はこの場において、責任ある立場として貴女を討ちます」
「そうかい。向かい合わなきゃやりようはあったんだけどねぇ……」
サイコロを二つ机の上に置き、朝倉は観念して息を吐いた。
それを皮切りに魔女の言霊はどろりと溢れ出す。
「発動、【三転する十露盤】」
「発。動、【遊離する相喰い刃】」
ぼでっと泥のような黒い塊が床に撒き散らされると、それらは瞬く間に姿を消し代わりにビリビリと窓ガラスを揺らし始めた。
最初に異変に気付いたのは朝倉だった。ふと瞼を上げて魔女の姿を視界に捉える。
困惑していたのは魔女の方だった。いつまでも鳴り止まない地響きのような音に狼狽え、顔を見合わせる形になる。
「あら、二人だけだなんて。お手は煩わせないわ」
声が聞こえただろうかという所に、部屋全体が上下に強く揺さぶられたような衝撃が走り、純白で施された巨大な天秤が朝倉の左後ろに落とされた。
「『悪徳と劣情、ただ仮面のままに。優雅なる利得と失落帯びし旋律に踊る弱者』
『一時は烈火。果ては悪鬼。募る祈りと絶望の輪廻を舞わす指揮者』」
後方遠くから届く言葉と共に、天秤の皿から黒く濁った泥が溢れ出す。そしてそれはみるみる内に部屋の床全体に行き渡り波飛沫をあげた。
「『淫靡と汚濁に塗れた騎手の矛先は、血に穢された聖者の咽に』
『暗転せよ、大いなるものよ。窒息せし子等と共に』
『首絞め吐き出す泥の内に、闇の焔よ灯らんとせよ』」
バチャバチャと水音を立てながら朝倉はいそいで振り返る。自分の右後ろ、丁度天秤と繋いで二等辺三角形が出来る所には小さく火が灯っていた。
そしてすぐに声の主を理解する。
「発動! 独裁者の秤、【La balance du dictateur】」