第十八話 二人
からんからんと小さく跳ねるようにサイコロは音を立てた。どこか心に余裕のある緩んだ表情をしていた柿谷だったが、その音を認識するとともにまたキュッと口を結び桜田を睨み付ける。
それにつられるように朝倉も魔女と相対し、手元に転がり込んでいたサイコロを拾い上げ念押すように尋ねた。
「もう良いのかい? 念には念をって言うだろ、もっとゆっくりやっても——」
「ずいぶん余裕なのね。貴女、自分のやっている事が分かっているの?」
ピリピリと張り詰めた部屋の中、朝倉はただ一人和やかな表情で佇んでいた。相手を、桜田を見下しているわけでも無く、無根拠に余裕をかましているわけでも無い。
朝倉はその事を宣言するようにサイコロを宙に放り投げた。
「良い事教えてやるよ。あたしら魔法商女が関わろうと関わるまいと、この商談は綺麗に結ばれる。どっちも上手くいく。win-winって奴だな」
かつん、と机に打ち付けられたサイコロはただの数ミリさえ跳ね上がる事無く、どちらも六を見せ付けるようにその場に静止する。
「良いとこなんだから茶々入れんなって話。変わんないよ、それじゃ。商談も、あたしのサイコロも」
「………………」
二つのサイの目をつまみ上げるとそれはすぐにピアスの形へ戻り、朝倉の指先からぶら下がった。そしてそのまま耳たぶに咬ませると朝倉は二人の魔法商女の方を向きなおし手を叩く。
「はい撤収、忘れもんすんなよ。両代表さんも迷惑かけたね。一応こいつらが持ってきた案も参考くらいにはなるだろうけど、あんたらが考えてた通りにやんなよ。遠くで成功祈ってるよ」
朝出運輸、REtechの代表二人にひらひらと手を振ると朝倉は二人を先導するように踵を返して扉へと進んで行った。
「待ちなさい」
カッ、とヒールの音が止まる。ゆっくり首だけ振り返る朝倉に桜田は人差し指を立てて戻って来いと指示を飛ばした。
くるりと向きを変え部屋を見回す。そして朝倉は溜息をついて資料をカバンに詰める二人の元へ歩み寄ってきた。
「調べてきたみたいだな、随分と。誰の入れ知恵かは知らないけどさ」
「そう、流石ね。気付かずに行ってしまうかと思ったのだけれど」
余裕のある表情はそこには無く、憤慨した面持ちで強く真希の肩を引き、柿谷の前に割り込むようにまた机を挟んで桜田と相対する。
「じゃあ始めましょうか」
「もう一度、私達とお話しましょう」
目を凝らす全員の『魔女の後ろにあった壁』と言う意識が剥がれ落ち、一人の女性が浮かび上がってきた。