第十七話 余裕
受付にいた女性社員に案内されて会議室に顔をのぞかせたのは朝倉京子だった。
「九条経営取引コンサルタントの朝倉と申します。突飛ではありますが円、柿谷両名に代わり私が朝出運輸社の仲介代理人として出席させて頂きます」
かつかつと床を打つヒールの音が段々真希の元へ近づいてくる。遠く遠く、遥か遠方に感じた勇気の鼓動は今まさに真希の目の前で立ち止まった。
「お疲れさん。正直それは想定外だったけど、こうなる所までは想定出来てた」
稚児を慰めるように背中をさする朝倉の右手とは裏腹に、左手はもう戦う準備を整えていた。
「こう言うのは好みじゃ無いんだけど。そちらさんはどーしてもこの形でやりたいのかい?」
「ええ、私としても不本意ですが。こうでなければ貴女も出て来なかったでしょう」
ピンッと弦を弾くような音を立てて、朝倉の手の中に小さなサイコロが二つほど転がり込んだ。それからすぐに魔女の表情も書き換わり、しんとした空気が張り詰める。
先に綻んだのは朝倉の頰だった。
「ほら、良いよ好きにしても」
無造作に放られたサイコロは机の上で転げ回り、丁度桜田の手の届く所で静止した。
「演算に割り込むんだったよな。こいつのそろばん越しに聞いてたから知ってんよ」
「…………はぁ⁉︎ なんだよそれ! あたしの魔法に何したのさ!」
耐え切れず、柿谷は話に割って入った。そして向けられた親指を腕ごと払い除け、今にも掴みかからんばかりに詰め寄った。
「うん? ああ、ほら。初めて会った時にさ、そろばんに触った事あっただろ?」
ほらあの時、と言わんばかりに人差し指を立て、朝倉はしたり顔で説明を始める。
「あの時あんた居なかったじゃんか! それとも……あっ、真希さん! あたしが寝てた時にもしかしてこの人——」
「あー、違う違う。もーちょい後、媒体の方な。お前が投げつけたちっちゃい方のそろばんになー」
焦りと苛立ちを露わにする柿谷を見ながら満面の笑みを浮かべ、笑いを堪えるように空いた手を口元に当ててまた説明を続けた。
「ちょーっと細工してあってな。発動してる間だけ音が拾えるようになってるんだわ」
「この……っ! 今すぐ外せこのおば…………ウシお姉さん!」
視界の端で一瞬震えた真希の姿を捉え、柿谷は言葉を飲み込み変換しなおして吐き捨てた。
「う、牛か……。牛……? まあそれは置いといて、と」
「置いとくなぁあ! 人権侵害! プライバシー! 盗聴だぁー‼︎」
二人の悶着を他所に、言霊は唱えられていた。