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第十六話 隙間風

 会議室に満ちるのは轟音と閃光。ただ一つの間違い無く穢れを祓う裁きの竜の姿、力の象徴。

 悪を裁くと言う一点に焦点を当てた正義の魔法、それが最後の審判であると真希は朝倉から聞いていた。ただ一点の曇りも残さぬ為の無比で、無慈悲な氷のように冷たく鋭い正義の魔法だと。

 悪を穿つ牙と砕く顎、取り逃がさない鉤爪。雷光の如く輝く竜鱗を纏う獰猛な獣は、その姿を現わすと瞬く間に悪を滅ぼすのだと、そう聞かされていた。

 どこかで芽生えた小さな違和感は、次第に大きくなっていく。そして膨れ上がった違和感は浮かれた心を律し、色眼鏡など容易く踏み砕いてみせた。

 音は止むどころかむしろ一層喧しくなり、スパークするように強い光を何度も放ちながら竜は停滞している様に映った。

 そんな光景を前に、真希は発破をかける事しか出来ない。湧き出る不安など魔女を飲み下してしまえば枯れてしまうのだ。立ち上る恐怖など悪を砕いてしまえば掻き消えるはずなのだ。真希の中にあったのは当初持っていた勇気や希望に溢れた魔法商女では無く、安寧を懇願する弱者の姿だった。

 真希は吐き気を覚えると共に光と音を失った。厳密には部屋に居た全員が漏れ無く同じように状況を把握する術を失っていた。

 そんな状態にいち早く気付いた柿谷は目の前に広がる暗闇に覚えがある事を自覚する。暗闇だけでは無い。今自分に起きている状況は身近に感じて来た物だと、理解した。

「残念……でした」

 柿谷の耳にはずっとずっと遠くから、魔女の声が聞こえていた。そしてすぐに魔女は近くにいる事が想像出来た。

「しかし、思っていたより酷い事になっていますね。そろばんの貴女以外はまだ目も耳も潰れたままでしょうか」

 暗闇は端の方から段々めくれ上がっていって、真希も他の当事者達も遅れて状況を理解していった。理解したのだから、真希は自分が感じた吐き気の正体にもあっさり気付くことが出来る。

「……柿谷さん。魔法を停止して……」

 消え入るような声でボソボソと呟いた。もう声など張り上げる気力も無い。

 それは柿谷も同じだった。理由など尋ねる迄も無く、絶対珠算を元の姿へと戻す。そこから立ち直る事も、立ち直ったとして会議を取り仕切る術も無い。

 真希が感じたのは絶望だった。

 何事にも考えが及ばない。ただ息をするだけで喉や胸が焼けるように痛かった。そして一つの言葉に辿り着いた。

「……なんで…………?」

 不意に口を衝いたその言葉は真希の思考を蘇らせる。なんで、何故。魔女に、桜田に魔法が通用しなかったのだろうか。通用する必要があったのか。私達は相対して会議の場に立っているのか。

 何故、絶望しているのだろうか。負けたから? 負け? 取引の仲介人の、敗北とは何なのだろうか?

 この吐き気は何なのだろうか。絶望しているから? 理由として、意味付けとして成り立つ解答では無い。絶望したとして、吐き気を催すよりも先に恐怖が湧くものだろう。

 じゃあ何故、私はこんなにも怖く無いのだろうか。

 真希は、随分遠くの扉が開く音を聞いた。

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