第十五話 欠落
想い描くイメージは戦う背中。誇り高き魔法商女の力。彼女達の言葉を反芻し、飲み下し、イメージと掌の現実を擦り合わせていく。
すっと息を吐いて瞼を開く。大丈夫、問題は起こらない。全てはこの時の為に。
言い聞かせるように反復して心の昂りを段々と鎮めていった。
そして僅かに口を開く。
「最後の審判……発動! 【Le pas assez de Jugement】」
言葉と共にボールペンのキャップが砕け散った。そして息つく間もなくボールペンは真希の手から離れ、自ら放ち始めた輝きの中へ飲み込まれていく。
光は次第に強くなり一時は目も開けていられない程になったが、それも轟音と共に収まり、全員の視界に映ったのは竜の姿だった。
竜は真希の指差すそろばんへと向かい、稲妻の様な音を発しながら大口を開けて飛び込んでいく。鋭く並び生えた牙は何かを貫き、強靭な顎がそれを噛み砕く。そしてそろばんそのものを飲み込み、一層の輝きと爆発音で部屋の中をいっぱいにした。
キンキンと耳鳴りは鳴り止まず、次第に薄らいできた光の中やっとの思いで目を開くとそこにはまた小気味良く音を立てるそろばんの姿があった。
「……っ! 真希さん!」
それを確認した柿谷は歓喜と憧憬の眼差しを真希へと向ける。ほっと一息ついて微笑み返す真希の元へ、カタンカタンと鳴るそろばんの音を掻い潜るように魔女の声が届いた。
「最後の審判……。【Le jugement】とは……聞けば朝倉京子と間宮智恵両名が揃わなければ発動しないとの事でしたが。いえ、しかし」
言葉を不穏に切り取って、桜田はまた黒い言霊を零し始める。
「三転する十露盤は確かに打ち破られましたが、打ち破られたからと言ってそれまでと言うものでもありません」
ガタンと一際大きく音を立てそろばんはまた動きを止める。そして先程まで辿っていた道筋を逆戻りするように珠を弾きだした。
「……っ! 柿谷さん!」
珍しく声を荒げ、何かを訴えるように柿谷の足元へ視線を送る。視線の先を見やればそこには一本のボールペンが転がっていた。
「真希さん!」
それを拾い上げた柿谷は立て膝のまま真希の手元へと投げ渡す。
真希はボールペンの先を桜田に向けて再び言霊を口にした。
「発動! 【Le pas assez de Jugement】」
再び部屋の中に竜の姿が現れ、今度は冷たい笑みを浮かべる桜田を飲み込まんと飛び掛かっていった。