第十一話 白
身を屈めて臥せる稲村は、ガチガチと震える口から消え入るような弱々しい声で言葉を紡ぎ始めた。
「わ、私の魔法は姿を真似る魔法です……」
「姿を真似る、ね」
朝倉は呆れたように腰に手を当てて、ガッとヒールで床を突いた。
「それだけの魔法であの魔法は発動出来ないはずだ。此の期に及んで隠し事とは余裕だな」
ビクビクと身体を震わせる稲村に食ってかかるような調子で詰め寄る。
「ほ、本当です! 私は見た目を真似するだけで……。き、今日だってこの姿でこの場所に——」
上ずった声を張り上げて必死に主張する稲村の肩を掴んで、乱暴に振り向かせると朝倉は胸ぐらに掴み掛かって怒声をあげた。
「今なんて言った! いや、その後。何て言おうとしてやがる!」
「ごめんなさい! ごめんなさい‼︎ お願いします……殺さないで……っ!」
手で必死に頭を覆い、泣きながら懇願する姿に朝倉は困惑していた。
少なくとも稲村明美と言う魔法商女は最後の天秤も純白の賽も使ってみせた。それが今ではずっと小さく縮こまっていて、命乞いをするだけの弱々しい若い女にしか見えなかったからだ。
困惑は疑惑に変わり、そして朝倉の注意を散漫にした。
「そのくらいにしてあげて。そんなに怯えて、可哀想じゃないかしら?」
耳元で囁かれた稲村の声。朝倉は咄嗟に振り返り、掴んでいた稲村を離して距離をとった。
「稲村明美が…………二人……?」
朝倉の目の前には先程までとは打って変わって真っ白なコートを身に纏ったもう一人の稲村が、怯えて泣きじゃくる稲村の側に立ったいた。
「怖かったでしょう。ごめんなさい、もう大丈夫よ」
コートを着た稲村がそう告げると、もう一人の稲村は目をぬぐって一目散に走り去る。そしてまた朝倉と稲村の二人が向き合う形になった。
「どういう事だ? かしら。そう訝しげな顔をしないで、彼女は私のお願いを聞いてくれていただけの魔法商女よ」
つかつかと歩み寄る稲村を牽制するように、朝倉は右手を耳元にあてて身構えた。
「そう身構えなくても大丈夫よ。私も今日は引かせてもらうから」
手を伸ばせば届くような距離まで歩み寄って立ち止まる。ポケットから付箋の束を朝倉の足元に放り捨てて両手を顔の横で広げてみせた。
そしてくるりと身を返すとかつかつともう一人の魔法商女が走り去った先に向かって歩き始める。
「朝倉京子さん。次会うときはきっと素敵な日になると思うわ」
真っ白で何もない空間を足音だけがこだまして、ついに稲村の姿は見えなくなってしまった。