第九話 対峙する魔女
「……稲村明美」
静まり返ったオフィスの中、朝倉はぐしゃぐしゃになった付箋を見つめてため息を漏らす。
真希も九条も目を伏せ、沈黙が過ぎ去るのを待っているようだった。
「魔法を奪う……ね。最後の天秤を発動したのもそういうカラクリだった、と。あの時の間宮の言動にも多少納得がいく無難な回答だな」
「無難な回答……ですか。朝倉さん、貴女には何か心当たりが?」
「無いね。ただ、『魔法を奪う魔法』なんて魔法があるとはにわかには信じられなくてね」
手にした付箋をくるくると丸め、いつもの皮肉屋ぶりを見せるよう嘲笑せんばかりにそれをゴミ箱に放り込む。
「稲村の魔法にはまだ裏がある。もし敵対するっていうなら疑って掛かるべきだろう」
「敵対……ですか」
酷く残念そうな表情を浮かべる九条とは対照に、朝倉は少し嬉しそうにほくそ笑んでいた。
「あれは間宮の仇だった、って言う明確な線引きをしてくれたんだ。乗ってやるのも悪くないだろうよ」
ぱちんっ、と指を鳴らす。
言い終わった頃だろうか、朝倉の発したその乾いた音に応じて部屋の中に重低音が鳴り響く。
部屋中の窓がビリビリと揺れる中、朝倉の背後に真っ黒な穴が姿を現した。
「今日はやる事があるんでね。進捗の確認も済んだし帰らせてもらうよ」
ひらひらと手を振って穴に足をかけたところでまた一つ動きを止める。
ものぐさそうに髪を掻き上げる仕草を取ると体を半身振り返り柿谷に指を向けた。
「根性あるじゃんか」
一言だけ告げるとすぐに身を返して穴の中へと飛び込んでいった。
穴も消え始め、重低音も少しづつ収まり部屋にはまた沈黙が流れ始める。
かつかつとヒール独特の足音がこだまする。
壁もなく、床もなく、影も光もない真っ白なだけの空間に二人の魔法商女が顔を付き合わせる形となった。
「こんにちは、朝倉さん。ここでは客人にお茶も出ないのかしら?」
「いらっしゃい、稲村明美。悪いけど、見ての通り茶を煎れる急須も湯呑みも、ましてくつろげるちゃぶ台も無いね」
稲村は懐から付箋の束を取り出して、既に何か書き込まれている三枚を剥がしとって残りを足元に放り捨てた。
「余裕だね。三枚で足りるかい?」
朝倉もピアスの失われた右耳に手を当て、挑発にも似た意味のない言葉を投げかける。
「余裕ね。二枚は保険だもの。私は用心深いのよ?」
互いの言葉に関心を持たず、ジリジリと間合いを詰め合う。
5メートル程にまで迫った頃だろうか。二人はふと目を見開いて初めて意味のこもった言葉を口にした。
「模倣開始、【Code un de blanc comme——」
「【磨り潰す】第四の腕、顕現」
付箋から黒炎が上がると同時に、稲村の体は何処にも存在しない床と天井に押し潰された。