第五話 友好と不和
九条「では、依頼の説明をします」
真希が九条経営取引コンサルタントへ入社してから3日が過ぎた。魔法への猜疑心は小さくなる事は無い真希だったが、遂に取引の仲立ちを取り持つ事になってしまった。
九条「今回の案件は、まず澤護鉄鋼の書類不備、及び説明不足によって生じた相手方である盛沢鋳造の損害を考慮した上で、今後の発展のために白黒をハッキリさせそしてお互いに生じた穴を埋められるよう取り持って欲しいとの依頼です」
入社当初危惧していた資料に関してはどうやら九条部長が単独管理しているようだ。
間宮「どちらに非があるか明確になっているため、交渉も手早く済ませられそうですね」
九条「ですから間宮さんには円さんのバックアップに専念しつつ、もしもの時に備えておいて頂きたい」
間宮「了解しました」
真希の魔法商女としての第一歩が踏み出されようとしていた。
盛沢鋳造応接会議室。
真希「では、私円真希の取り仕切りの元に二社の損害賠償及び経営取引会議を開始いたします」
もともと商社勤めだった事もあり緊張する事も無く、淡々と会議を取り仕切る。エリートとは言い難いが、努力に努力を重ねてきた真希の商談交渉能力は歳不相応な程に卓越していた。
盛沢「此方の損害自体はそれほど大きな物ではありませんでした。ですので、これからも澤護鉄鋼さんとの取引を円滑に続けて行くためにも損害賠償と言う形では無く、一定期間の取引優待と言った形での解決が此方としては望ましく思います」
真希「取引優待と言った形となりますと、90日間現在の取引価格の7%削減もしくは、澤護鉄鋼様の新規参入されている自動車部品部門での流通ルートに盛沢鋳造様とのパイプを繋げると言った形は如何でしょうか?」
澤護鉄鋼と盛沢鋳造は半世紀前からの仲であり、損害賠償よりも取引優待等これからも共に歩み続けると言う道を選ぶ事に真希にはなんら疑問は無かった。
しかし、澤護鉄鋼の二代目代表である澤 森一はそれを良しとはしなかった。
澤「確かにうちと御社の仲です、私も出来るだけ波風を立てたくはない。ですが、繋がりがあったのは先代の社長と貴方であって、私にはなんの関係もない。取引優待では無く賠償支払いと言った形で速やかな解決を私は望みます」
盛沢「ですが、それではこれまで培ってきた信頼関係と言う物が……」
盛沢社長が言いかけたが、畳み掛けるようにして続けた。
澤「信頼関係は確かに大切でしょう。ですが、それはあくまでもお互いの利益のために存在する事を忘れてはいけません。御社との信頼関係を維持する事よりも、新たな取引先を探し出す事のほうが弊社にとって未来ある行為である事を理解して頂きたい」
両社間に信頼関係は確かに存在する。しかし、上場企業である護澤鉄鋼の勢いに対し盛沢鋳造は現在赤字決算が続いていて、取引優待によって他社と繋がりにくくなるよりは切り捨ててしまった方がずっと良いと言うのが澤社長の考えだった。
合理的な考え方であり、これをただ非として交渉を進める事は出来ない。両社間の仲が良く、非が明らかになっていて簡単に纏まると思われていた当初とは打って変わり、本日中にまとめ上げられるだけの案件では無くなってしまったように感じられたが。
間宮「澤社長の言い分は良く分かりました。ここからは私、間宮が指揮を取らせて頂きます」
困惑していた真希の肩に手を置き、間宮がグイと前に出る。
間宮「私に任せてください。そして魔法商女がなんたる物か、しっかり見ていてください」
真希に耳打ちすると間宮はテーブルの上の資料を閉じ、胸ポケットからボールペンを取り出した。
間宮「では、引き続き盛沢鋳造様と澤護鉄鋼様の二社による経営取引会議を行います」