第七話 tears
「おーっす、京子先生が来てやったぞー……。って柿谷はどうした?」
一月五日。時刻は午前十一時。
九条経営取引コンサルタント伽耶岬支部のオフィス内は、二人ほど人影を欠いていた。
「それが……。今朝から連絡も着かなくて。九条部長も出たっきりで……」
「……あっそ」
無関心な返事を返し、朝倉は鞄をテーブルに置くとポケットから砕けたボールペンのキャップを取り出した。
「ま、二人っきりで話したいこともあったしいい機会だ。昨日の爆発の件なんだけど——」
言いかけたところで、錆びた階段を打つヒールの音がどんどんと近づいてくる。
そして甲高い音が乾いた音に変わり、すぐにドアを開けて飛び出してきた。
「遅れてすいませーん! ん寝坊しましたー!」
いつもより気持ち大きな声をあげる柿谷は、ドアを閉めるとまず真希に頭を下げ、そして朝倉の元へ駆け寄っていく。
「これ一冊! 全部読んだ! もうなに聞かれても答えられるからねーだ!」
そして重そうにぶら下げていた鞄から、分厚い本を取り出して見せつけるように突き出した。
したり顔を浮かべる柿谷を呆気に取られたように口を開けて眺めていた真希が、まず一言目を発する。
「もしかして……それ徹夜で読んできたの?」
「うっす! いやでも、おかげで寝坊しちゃいまして……」
すごいすごいと持て囃す真希と、おだてられて調子付く柿谷を尻目に。
正確には、調子に乗って見える柿谷の表面を一切見ることもなく朝倉は鋭く口を開いた。
「バカが。無理すんな」
「え、ちょっと朝倉さん……」
いつもの嘲笑するような口調ではなく、年長者として柿谷を律するような落ち着いた様子で柿谷の眼をじっと見つめる。
「ば……っ⁉︎ まあ確かに寝坊してたら意味ないって分かってるけどさ……。否定するばっかりじゃ先生には——」
子供のような反抗心を露わにしていた柿谷だったが、肩に手を置かれ、詰め寄られる形になり口を噤む。
「何隠してる。あたしでも、円でも良い。先輩には頼るもんだ」
「朝倉さん? 隠してるって……。柿谷さん、どういう……」
ドスンッ、と手にしていた鞄と教本を床に落とす。
手からは力が抜けて、だらりとぶら下がった状態になって柿谷は突然膝から崩れ落ちた。
そして嗚咽を漏らし始め、それは徐々に大きくなりついには目を擦りながら泣きはじめた。
「話せるか? 何があったか」
朝倉に抱き寄せられて、啜り泣きながら何度も頷くと、息が整うのを待って。やがてゆっくりと話し始めた。
「昨日、稲村さんと会ったんだ……」