第六話 接触
「火傷……のようですね。しっかり冷やして、薬を出しておくので塗っておいてください」
「はい。ありがとうございます」
流水に晒されて白くただれた手の甲を抑えながら、真希はため息を漏らす。
「手、大丈夫ですか? 真希さん」
ひょいと身を乗り出した柿谷は、真希の右手を苦悶の表情で眺めながら流し台のヘリに軟膏のチューブを置いた。
「ボールペンを爆ぜさせて、取引が進むんなら良いけどさ。もっと穏やかなもんで頼むよ」
辛辣な言葉に突っかかる柿谷を尻目に、朝倉は砕けたボールペンのキャップを指で突っつき回す。
朝倉の言ったとおり、真希が魔法の媒介にしようとしたボールペンは爆発した。
勿論ボールペンを爆発させる魔法などをイメージしたからでは無かったが、そうなった明確な理由を誰一人説明出来ないでいる。
「もうこんな時間だし、今日は二人とも帰んな。どうせ仕事なんてろくすっぽ来ちゃいないんだし」
キャップをポケットにねじ込んで、朝倉はさっさと帰り支度を済ませてオフィスを後にした。
柿谷もハンカチとガーゼを先程置いたチューブの横に置いて、分厚い教本の入った朝倉の鞄を抱えて出て行った。
真希は、また一つため息を漏らして、軟膏を患部に塗り出した。
右手にいつもの軽い鞄を。左手に重くて立派な鞄をぶら下げて、柿谷は家路を急いでいた。
朝倉の教え方が良かったのか、たまたま興味を引かれたか、柿谷は経済学を学ぶ事が少し楽しくなっていた。
早く帰って続きを読みたい、と言うだけの事で急いでいるのだ。
柿谷の自宅は真希とは逆。電車には乗らず徒歩で十分程したところからバスに乗り、また十分程で降りてすぐのところに住んでいる。
会社を出て、ちょうど六分。
いつもより少し早くバス停に着いて、まず柿谷の視界に入ったのは懐かしい顔だった。
「んん……? 稲村さん……? 稲村さん!」
無言で見つめるだけだった稲村を、柿谷は大声で呼び手を振った。
すると稲村も小さく手を振りかえし、そのまま手招きをした。
商店街の細い路地へ入っていく稲村を小走りで追いかけて、柿谷も建物の隙間を縫っていく。
「ま、待って稲村さん! どこまで……」
柿谷に追いつかれるとピタリと足を止め、その場でゆっくり振り返った。
「柿谷さん。話があるの」
夕陽を背に稲村は微笑みかけて、目を細める柿谷に優しく言葉を投げかける。
「話……ですか?」
「ええ、大切な話」
付箋の束と小さいペンを鞄から取り出すと、何かを書き込みそれを剥がして握りつぶした。
そして顔色を変えること無くすぐに言葉を続ける。
「柿谷さん。貴女、魔法商女を辞めるつもりは無いかしら?」
稲村の拳の隙間から、黒炎がこぼれ出してゆっくり形を変え始めた。