第四話 京子先生
「真っ黒な魔法……ですか。」
「そう。真っ黒も真っ黒、気味悪いったらありゃしない」
ぽちゃん、ぽちゃんと角砂糖をカップに入れ続けながら朝倉は話を続ける。
「幸い間宮程の力は無かったし、ささっとカタはついたけどさ。でもまあ、そこの二人にとってはぶっちゃけ脅威になると思ってね」
マドラーを柿谷に差し向け、散々かき回した紅茶を口に運ぶ。
柿谷はそれにむっとした表情を見せると、マドラーを指で押し返し反論の切り出しを口にしかけた。
「無理だよ。絶対珠算はこの件に対して無力過ぎる」
喉元まで来ていた反論に対して、蓋をするように朝倉は否定を先出しにした。
出鼻を挫かれた柿谷は口を噤んで朝倉を睨み返す。
「そう怒るなよ、別にバカにしようってことじゃ無い」
マドラーをコースターに置き、ポケットに手を突っ込んで中からおもちゃのそろばんと二つのサイコロを取り出した。
「出来ることの多さだよ。そろばんは計算する分には便利だけど、あとは滑らせて遊ぶ位しか使い道は無いだろ?」
場にいる全員が疑問の色を浮かべる中、朝倉は怯むこと無く口を開く。
「……この真面目ちゃんどもが。まあそろばんはそれが限度。でもサイコロだったら? すごろく、麻雀、チンチロリン。目に役でも振り分ければクジ引きにもなって、そーいうことする順番決めも出来るわけだ」
誇らしげにサイコロを手の中で転がすと、もう片方の手でそろばんをひっくり返し、指で弾いてテーブルの上を滑らせる。
「で、何が言いたいのさ。あたしの魔法よりあんたの魔法の方が上だ、って自慢するために来たの?」
そろばんはそのまま滑って行き、柿谷のティーカップにぶつかって動きを止めた。
「まさか。あの程度のポンコツ魔法に勝ってますよー、なんて自慢にもなんないよ。さっきも言ったけど、今回の件はあんたら二人にとって脅威なんだって。だから——」
話をやめてスーツの内ポケットに手を入れる。
そして引き出して来た時、その手にはどこから出したのか理解しかねる大きさの鞄が掴まれていた。
「——魔法の、絶対珠算の使い方。教えるために来たんだよ」
そう言うと鞄を開け、中から分厚い本を何冊も取り出した。
「ミクロとマクロも分からんだろう。マーケティング、計量経済学、管理プランニングとか諸々も知らんだろう。そんなんじゃ魔法に負担がかかり過ぎてるって理解してるか?」
ここまで話したところでティーカップに残った紅茶をグイッと飲み干した。
そしてそれを雑にコースターに戻すと、鞄の中から箱を取り出して中の眼鏡をかけてすくっと立ち上がる。
「京子先生が魔法商女のいろはを叩き込んでやるよ」
ふんぞり返るように両手を腰にあて、したり顔で朝倉は告げた。