第三話 魔女
ポタポタと髪から水滴を滴らせながら、朝倉は三人の座るテーブルへと歩き出した。
扉はゆったりと軋み音をあげ、鉤の喰い合う音で締めくくられる。
「朝倉さん。キチンと体を拭いてから服を着ることを勧めますよ」
「ならもうちょっとデカいタオル準備しとけ。あんなカビ臭く無いやつでな」
肩にかかった髪を纏め、頭の後ろで縛り上げると、朝倉は空いていた椅子を乱雑に引いて腰掛けた。
「そちらさんも座りなよ。仕事に関わる厄介な話だ」
手招かれるままに柿谷も椅子に座り、テーブルを囲んで三人の魔法商女が顔を付き合わせる形になった。
「さて、回りくどいのは無しだ。本題から言うと、『魔女が出た』とでも言っておくべきかな」
九条に差し出されたティーカップに角砂糖を入れながら、朝倉は真希の顔色をうかがう。
「魔女……? なんだよそれ、あくどい女って意味ならあんたも似たようなもんだろ」
マドラーを下ろすことも無く次々と角砂糖を入れる朝倉に、柿谷は悪態をつくようにして吐き捨てる。
それを受けてか朝倉も溜息をつき、ティーカップに入れかけた角砂糖を口に含んで柿谷に詰め寄った。
「何をそんなに目の敵にしてるかは知らないけど、あくどい女ってのは目上の人間に使う言葉じゃねーぞ?」
腰に手をあて、子供に説教をする親のようにもう片方の手を柿谷の頭の上に置いた。
ジッと睨みつける朝倉の視線から逃げるようにそっぽを向いて、鷲掴みにしていた手を頭から払いのける。
「う、うっせーオバサン!」
そうやって口を衝いたのは子供のような暴言だった。
「オバ……。まあ、あたしはいいけど。それで一番参ってるの、あんたの後ろのやつだからな」
柿谷の後ろのやつ、円真希。二十六歳、独身。
現在抱えている悩みは、魔法商女としての魔法の未発現と、以前の会社の頃より溜まりに溜まった心労からくる白髪と小じわの増加である。
虚を突かれるようにして後輩に心の傷を抉られた真希は、テーブルに突っ伏したままうわ言を繰り返し続けた。
「話が進まないな……。朝倉さん、魔女とはどうゆう事ですか?」
二人をよそに、九条は話の筋を戻そうと朝倉に問いかける。
「あ、ああ。前に間宮がおかしくなったことあっただろ」
場の空気が一瞬で凍りつくのを朝倉は感じ取った。
突っ伏していた真希も、先程まで喧嘩腰だった柿谷も揃って真剣な眼を向けて話の続きを待っているのが見て取れる。
「……あの時と同じ、真っ黒な魔法を使う魔法商女が現れた」
朝倉も二人の関心に応えるように、いつもの軽い口調では無い冷静な言葉で話した。