第一話 影
伽耶岬電子テクニクスと書かれた看板を付けた伽耶岬市最大のオフィスビル、伽耶岬コープ・ヒルズ。
市内最大規模を誇る電機メーカーの有する十二階建てビルの一室、ひとりの魔法商女によって、またひとつの取引会議が終結しようとしていた。
会議室には三つほど並べられた長机と、その上を転がる二つの白い賽。それを見守る数人の男達。
そして魔法商女、朝倉京子の姿だった。
「目は、三と四。先ほど説明した通り、富升エレクトロニクス社先導で今事業への取り組みを推薦いたします」
表情を明るくする者、またその逆。それらに目をやることも無く、朝倉は賽を拾い上げ耳元へ持っていく。
そしてそれがピアスの形を取り戻し、有るべきところへ納まったのを手で確認すると、場に一礼し立ち去ろうとした。
しかし、朝倉の思いもよらぬ事に俯いていた男に腕を掴まれ、引きとめられる。
「朝倉さん、と言ったな。まだあんたに会って話をしてもらいたい人が居るんや」
「話? 申し訳ありませんが業務内容にございません」
うっとおしい小蝿を払うように男の手を除けると、そのままドアノブに手をかけて部屋を後にしようとした。
「なんや逃げるんか姉ちゃん。ケッタイな話やんか。そっちだけ姉ちゃんみたいなトンデモナイの連れ込んで」
男の言葉に耳も貸さず、朝倉は部屋の中を少し見回してすぐにまた部屋の外へと視線を移した。
「朝倉京子、さん。こんな有名人を相手に出来るだなんて光栄ですわ。同じ“魔法商女”として——」
背後から聞こえた声に、目を見開いてゆっくりと体を向き直す。
そこには、先程まで居なかった筈のひとりの女性が立っていた。
「おたくらだけズルいわぁ、こんなえげつない力使うて。これで対等ってもんでっしゃろ。ほな、また会議に戻りましょか?」
朝倉は困惑すると同時に、一つの確信を得た。
まず男の眼が変わったこと。
眼の色が変わったとかでは無く、見えている景色そのものが変わっているような違和感。
二つ目は、女から感じる気配に覚えがあったこと。
「魔法商女は会議において絶対中立。魔法商女同士で対立する構図は成り立たない筈だが?」
牽制するように左手を耳に当て、ジリジリとにじり寄る。
女は不敵な笑みを浮かべたまま長机の方へと手招いた。
女が伽耶岬電子テクニクス側、朝倉が富升エレクトロニクス側へと着いた時、女の口から黒い闇がこぼれ出した。
「「発動!」」
それと同時に、朝倉も魔法を発動させた。