第三十九話 【間宮と朝倉と】
背中がじっとりと濡れる。それを理解するのに十秒。そして、その理由を理解するのに三十秒。
ゆっくり、ゆっくりと真希の時間は流れていた。
輝きの中に竜の姿を見た時、真希は全てを思い出す。
「これって……夢の――」
「間宮さんっ‼︎」
ぼうっとする意識を引き戻すように、柿谷の叫び声が真希の鼓膜を震わせる。
そして、その叫びは間宮にも届いた。
ゆっくりと此方を振り返り、あの真っ暗な闇では無い。暖かさのある人間の眼で真希と柿谷をしっかりと捉えていた。
「〜〜っ! 間宮さん!」
その事を認識した時には、既に間宮の背後に竜の口が迫って来ていた。
そして、竜が間宮を飲み込むその時。
真希は時間の流れが止まったような錯覚に陥った。
間宮の口の動きを、ゆっくりゆっくりと追って、その意味を理解した。
『ありがとう』
時間はそれを合図に再び流れ出した。
竜はその独特の音を部屋中に共鳴させ、目の眩むような一層の輝きを放ち、消えていった。
その後には、うつ伏せに倒れた間宮の姿だけがあった。
真希が間宮に駆け付けるまでには、数秒の遅れがあった。
輝きが消え、倒れた間宮を視認した時、真希も、柿谷も、そして朝倉もその場から動く事が出来なかった。
そしてその数秒の後、真希と柿谷は一目散に間宮に駆け寄った。
第一声を上げたのは、間宮本人だった。
「円さん……。柿谷さん……」
手探りで床を這う間宮のその手を二人は握りしめ、泣きながら返事をした。
「二人とも、居るのね……? ありがとう……。ありがとうね……」
体を起こし、二人の手を自分の頬に寄せて温もりを確かめるように握り返した。
涙を流す間宮の瞳は、白く濁り光を失っていた。
ふと、二人は間宮の手を離した。
間宮はそれを惜しむように両手を伸ばしてまた温もりを探し始める。
そんな間宮の手を引いて、朝倉はぎゅっと抱きしめた。
「あぁ……懐かしい、京子さんの匂い……」
背中に手を回し、しがみ付くように抱き返す。間宮は、静かに抱きとめる朝倉の胸に顔を埋め、堰を切ったようにすすり泣きを始めた。
「ごめんなさい……。ごめんなさい……。私はまた貴女に…………」
懺悔の言葉を並べる間宮の肩を、ただ無言のままに抱きしめ続けていた。