第三十六話 最後の審判
今までより一掃大きな轟音を鳴らし、空間の入り口は閉じて行く。
稲村はそんな事を気に留める様子もなく、ただ付箋を取り出して魔法を唱える準備を整えた。
そしてそんな稲村を、間宮は愕然とした表情で見つめていた。
「…………返してよ…………ッ‼︎‼︎」
間宮の嘆願の声と共に、彼女を取り巻く黒い液体は鋭く形を変えた。
「返す……? 間宮、お前さっきから何を――」
怪訝な表情を浮かべる朝倉の声を遮るように、液体は槍となり、二人に襲いかかった。
「返して‼︎ 返して‼︎ 返してえ‼︎‼︎ そこはっっっ‼︎‼︎‼︎ 私の――」
しかし槍が二人を貫くことはなく、遥か手前で砕け散り、また液体の姿へと戻って行った。
「無駄よ。魔法はもともとそんな風には出来ていないわ。規律の無い魔法なんて、魔法商女の使うものじゃ無いわよ」
声を荒げる間宮を蔑むような目で見つめ、嘲笑う様に魔法を唱え始めた。
「模倣開始、重ねて発動――」
付箋は黒く燃え上がり、黒炎が稲村の背丈を越えたあたりでその姿を再び現した。
「〜っ⁉︎ おいっ! これはどう言う事だ‼︎」
稲村の隣に現れたのは、彼女の丈をゆうに超える真っ白な天秤だった。
「最後の天秤。まさか、これを知らない筈は無いわよね?」
無表情に、無感情に朝倉の言葉に応える。そしてそんな稲村の胸ぐらに掴みかかろうとする朝倉に強い言葉を投げかけた。
「純白の賽を発動させなさい。この意味も理解出来ない筈は無いわ。無駄な行為は慎みなさい」
視線を朝倉の左耳へと向け、すぐに間宮の方へと戻す。
「なんであれを知ってる⁉︎ それに、あれを使ったら間宮は――」
「三度は言わないわ。無駄な行為は慎みなさい」
驚きの色を隠せない朝倉の言葉に、今度は体ごと正対し強く言い放つ。
朝倉もたじろぎながら、観念したように左耳に手を添えた。
「……発動。純白の賽」
ピアスは三度目の無いサイコロの形を成して朝倉の手に収まった。
「……あぁ、京子さん……貴女まで………………」
消えいるような間宮の声をかき消す様に天秤と賽は、光と共に音叉の様な高い音を放つ。
そして姿を光の中へ溶かし、大きな輝きの竜へと変貌していった。
「「発動。最後の審判」」
竜は黒く染まった天秤と、呆然と立ち尽くす間宮を飲み込んで行った。