第三十五話 五人目
それは一瞬の事だった。
黒い液体は螺旋を描き、間宮ごと朝倉の身体を覆い隠した。
真希が手を伸ばした時には既に流れは止まり、丁度鶏の卵の様な形に留まった。
「朝倉さん……っ」
声の振動を受けて、卵の表面に波紋が浮かび上がる。
形を変えていても、それ自体は液体としての性質を保ったままの様だった。
そして真希が恐る恐る手を伸ばし、卵に触れようとした時、それはアッサリと崩れ落ちバシャンと飛沫をあげた。
「…………円さん……」
中から現れたのは間宮一人だった。
ついさっきまで完全に黒く染まり切っていた眼孔の奥に、僅かに人の眼の面影を取り戻していた。
「間宮さん……朝倉さんは何処に――」
突然、真希の声を遮るように、部屋中を重低音が満たした。
音と共に間宮の真後ろの空間がバッと開き、朝倉の姿が現れた。
「京子さん…………どうして……」
再び頬に伸びてきた間宮の手を、今度は強く叩き落とす。
同時に左耳に手を添え、魔法を発動させた。
「発動、純白の賽!」
そうして生まれた二つの真っさらな正六面体を頭上へと放り投げた。
それぞれの面に黒い点が穿たれ、それはサイコロとしての目を持たされながら落下していく。
そして地面に落ちる寸前に二方向、間宮と朝倉の方へと一つづつ飛び散るように宙を転がった。
回転が止まり、目が決まろうとした時だった。
間宮は広角を上げ、また黒に飲み込まれた眼で朝倉を見つめていた。
そんな間宮から一度も目を離さず、睨み合っていた朝倉は、直感的に危機を察知した。
「止まれ! くそっ‼︎」
また左耳に手を添え、今度は右手を転がっているサイコロの方へと向けた。
「残念……残念だったわね、京子さん……」
向けられた右手目掛けて、サイコロは進行方向を急転回する。
「手遅れよ…………」
そして手に収まろうと跳び上がったサイコロの内、間宮の方へと転がっていた物は先程の黒い液体に飲み込まれた。
「ッッ‼︎‼︎ クソがぁっ‼︎」
向けていた右手で何かを引っ張るような動作をすると、飲み込まれたサイコロは卵の中から引きずり出された。
「ふふっ…………残念……」
二つの小さな正六面体をその手に取り戻した朝倉だったが、そのまま膝から崩れ落ちてしまった。
「言ったでしょう? 手遅れだって」
一つのサイコロは角から三つの面の中程にかけて黒く侵蝕され、朝倉の顔も青ざめていた。
しかし朝倉は、間宮の言葉を鼻で笑い、サイコロを持ったままの右手で右耳のピアスに触れた。
「手遅れ、ね。それは――」
「――どうかしらね」
バンッ! と朝倉の横の空間が開き、声とともに稲村が歩み出てきた。