第三十一話 四人目
「真希さん……あたし今なんて……っ⁉︎」
混乱した様子の柿谷と、混乱している様子の柿谷を見て困惑している城ヶ済を見比べ、真希は最悪の現実を思い知った。
「意識の歪曲……短期記憶さえも、捻じ曲げてしまえるのですね……」
間宮の魔法、最後の天秤の能力は平等のただ一つだけ。
故に間宮は平等になるよう“自分の認識”を全員に刷り込んだのだ。
間宮の言う沢衛材株式会社と真希の知る沢衛材株式会社は最早全く別の意味を持つ単語になり変わってしまっていた。
「人聞きの悪い事を言うのね。今、この場において捻じ曲がっているのは貴女達二人の意見だけよ」
間宮の言う通り、“平等である”事の根源に存在する“均等である”と言う認識は、秤を見た観測者に基づいて成り立つ。即ち観測者が平等であると、均等であると言えばどれだけ秤が傾いていようがそれがまかり通ってしまう。
その上今は魔法の力で秤を平坦に見せかけてしまえているのだから、これの不平等さなど証明する物は残っていなかった。
「間宮さん……何故こんな事を……」
勝ち目が無くなれば、あとは感傷的になる他無かった。真希にとって偉大な魔法商女の今の姿は、抗いを止めた心には辛過ぎた。
崩れ落ちた真希を尻目に間宮は再び会議を進め出した。間宮の口から発せられる言葉の嘘に気付きながら、それを嘘と言うことの出来ない歯痒さが真希を襲う。
段々と間宮の声も天秤の揺れる音も小さくなり、何を見ているのか、何が聞こえて来ているのかさえも朧になってしまった時だった。
ふと、異質な音に気が付いた。
コツ、コツ、コツ。と音は小刻みに近付いて来る。会議の場にあるどの音とも違ったその音は、真希を現実に引き戻す事になった。
「誰か……来るの……?」
廊下へと繋がるドアをぼうっと眺め、他の社員の足音であると言う可能性の認識すらも捨て去り、小さく呟いた。
「何を言って……」
先程までうなだれていたかつての後輩の小さな変化に気を取られた一瞬だった。
銅鑼でも叩いたような大きな音を立て天秤がいきなり傾き出したのだ。いや、傾いたと言うよりも、片側の皿が重さに耐えられず落ちて行くように天秤の腕を引っ張ったようだった。
そしてその勢いは天秤の直立を許さず、ゆっくり、ゆっくりとその巨体を床へと叩き落とした。
「そんな……一体何が――」
天秤が倒れる様に全員が目を盗られていたその小さな隙間だった。ドアを見つめていたただ一人を除き、誰にも気付かれることなく彼女は会議室へと侵入していた。
「……朝倉……さん…………?」