第三話 アットホームな雰囲気の職場
九条「我が社と契約して、魔法商女になって頂けませんか?」
真希は困惑していた
事実上のリストラとも言える出向を言い渡された自分に、タイミング良くヘッドハンティングの話が来た、と思った矢先に突飛な話を持ちかけられる
【魔法商女】
こんな言葉を真正面から受け止めていてはキリがない
何かの隠語なのか、それともただの比喩なのかは分から無いがこの話を飲まない理由は無かった
真希「わかりました・・・いえ、よろしくお願いします。」
九条「じゃあ早速で悪いんだけど、会社まで一緒に来てくれ無いかな?紹介も説明も今日中に終わらせてしまいたいんだ。」
九条は運ばれて来てもいないアイスコーヒーの会計を済ませ、真希の手を引いて店を後にした
九条「着きました。ここの2階がうちのオフィスになります。」
電車に揺られて15分
そこにあったのはテナント募集の文字ばかり書かれた小さなビルだった
多少の不安に見舞われながらも九条の後に続き、中へと入って行った
九条「うちは・・・いや、うちの部署はまだ人数が少なくてね。貴女を含めてもようやく3人しか居ない。だからこそいち早く優秀な人材を求めていた訳なんだけど。」
手摺の錆び付いた階段を上り、九条経営取引コンサルタントと書かれた扉の前に辿り着く
九条「さあ、貴女がドアを開けてください。これから私達と一緒にやっていく仲間として、最初の一歩を。」
言われるがままにドアを開ける
なんの抵抗も無かった
そしてそこにあったのはティーポットの置かれた大きなテーブルに椅子が4脚
九条「ようこそ、円真希さん。貴女のティーカップもすぐに用意しましょう。」
そう言うと、九条は椅子を引き真希を催促する
真希「あの、九条さん。ここは一体・・・」
見渡した限りこの部屋にはテーブルと椅子、そして小さな食器棚と台所しか見当たらなかった
九条「ここはこれでも立派なオフィスですよ。それより、そんなところに居ないでお掛けになったらどうです?」
椅子をポンと叩き、それから台所に向かいやかんを火にかける
九条「不思議ですか?パソコンも、資料棚も、ワークデスクすらも無いこの部屋が。」
少しの沈黙の後、九条はティーポットにお湯を注ぎながらたずねる
不思議で無い訳がない
仮にも経営取引コンサルタントと銘打った会社が、取引先の情報や経営状態を纏めた資料も、その資料を纏めるための環境も揃えていないとは考えられない
真希が辿り着いた結論は二つ
一つはここ以外にもオフィスが
少なくとも書類を置いておく、書類を作るための部屋がどこかにありここは応接間として使われる場所である事
もう一つはこの会社自体が虚偽のものである事
九条「少し熱くなり過ぎてしまいましたが・・・彼女が戻ってくる頃には良い具合になっているでしょう。」
コンロの火を止めて、真希の向かい側に座る
九条「もう少しだけ待って頂けますか?貴女のティーカップもそろそろ用意できる頃ですので。」
九条が言い終えて、一呼吸もする間にドアノブを捻る音が響いた