第二十八話 敵対
ポケットから取り出した玩具のそろばんと電卓をぶつけ合い、そしてそれは眩い光を放ち出す。
「絶対珠算……ね」
やがて光は枠組みを形作り、珠を備えて大きなそろばんを成した。
あの一件以来練磨を怠ること無く毎日発動してきたそろばんは、それまでに見たことのない反応を見せる。
計算式を命令する前から大きく明滅し、そして勝手に計算を開始したのだ。
「なっ……⁉︎ まだ何も命令して……」
「そんなことも、知らないのね」
ガコンガコンと音を立てながら、発動主を無視するように計算を進めるそろばんを見て、嘲笑するように口を開いた。
「魔法同士は物では無いのよ。絶対珠算と言う、最後の天秤と言う名の現象」
秩序を重んじる純白さを見る影も無くなってしまった天秤に手を添え、そろばんなど歯牙にも掛けぬ様子で続ける。
「魔法が働く、何かが起こる為には、原因が必要なの。その原因は、例えば魔法商女の感情であったり。直接下された命令であったり。そして」
天秤を見上げ続けていた視線をそろばんへと移し、添えていた右手で指を差す。
「同じ領域で発動している魔法であったり、ね」
ふと、いつかの夢を真希は思い出していた。
と言うのも、あの時と同じように、背中がびっしょりと濡れているのに気が付いたからだ。
そしてそれが、ここまで走り回って、階段を駆け上がって来た所為で無いことを自覚したからだ。
「計算、終わったようね」
何の計算をしていたのかも分からないそろばんは動きを止め、明滅を繰り返すだけとなった。こうなってしまえば、絶対珠算はただの電光掲示板と相違ない。数字を表示するだけで、その意味を伝えてはくれない木偶の坊と化してしまった。
取引を推し進める為の力として、絶対珠算の計算能力を磨き続けてきた柿谷は下唇を噛み、魔法を停止させるべくそろばんに手をかざした。
その時だった。
真希の中で、何かが大きく食い違っていると。起きてはならない事が起きていると言う悪寒が走る。
「待って! まだ、消さないで……」
ふらふらと漂うそろばんを見つめ続け、やがて悪寒の正体に気付く。
何の事は無い。悪寒の正体は、ただ“その数字に見覚えが無い”と言うだけのことだった。
「間宮さん……貴女……」
頭では、今起きていることが理解出来ていた。それでもそろばんから目を離せなかったのは、間宮の顔を見ることが出来なかったのは……
「……真希さん。多分貴女は一つ、勘違いをしているわ」
間宮は、ただの一度たりとも真希から目を逸らすこともせず淡々と言葉を零す。
「昔受け持っていたものね。出てこなかった数値に異変を感じるのは無理も無いわ。でもね……」
そして、堂々と言い放った。
「コレで、平等よ」
真希の心の中に溜まっていた、濁りが、どっと溢れ出してきた。
全身の毛が逆立ったような感覚に陥り、視界は白と黒で埋め尽くされて、ただ呼吸することだけで戻しそうになる様な吐き気に襲われた。
「っ‼︎ 間宮ぁぁあ‼︎‼︎‼︎」
そして、気付けば怒声を吐き出していた。