第二十六話 回帰
「盛際商社……成る程、以前勤めいていた貴女の言うことなら今ある他の何よりも信憑性があります」
ぱたんとバインダーを閉じ、九条部長はゆっくりと頷きながら真希の肩に手を置いて続けた。
「もし、間宮さんがそこにいて……悪さを働いているとしたら、それは絶対に止めなければならない」
重く口を開き、かつて間宮の使っていた薄黄色のティーカップを指差した。
「彼女がここに居て、私たちと仕事をして来たと言う過去がある以上、それを成すのは私たちの責務です。真希さん、みささん、私には貴女達魔法商女に頼る他ありません。どうか、よろしくお願いします」
「…………はい!」
九条部長の後押しを受け、真希と柿谷はオフィスのドアから飛び出して行った。
ああ、見慣れた風景が流れて行く。習慣、と言うよりも習性として染み付いた数々の事柄が今になって浮き彫りになった。
鞄を開けて、手前側にある浅いポケットの中にある財布が。そしてその中に入った定期入れが。それを無意識に改札へ通す、四年半続けていた他愛ない事柄全てが真希の意識を落ち着かせる。
間宮は、盛際商社には居ないかもしれない。
盛際商社の名を挙げた時、ふと過った小さな不安。それは、間宮の悪事を止める事が出来ないかもしれない事と、盛際商社に本当に間宮が現れて悪事を働いてしまうかもしれない事との相反した恐怖だった。
不安を押し退け、オフィスを飛び出して、今ようやくその真偽を問う所までやって来たのだ。
「柿谷さん。貴女は固有魔法を使えるけれど、無茶はしないで。これは怯えでも何でも無く、相手が間宮さんであると言う事実に基づいてのお願い」
もう真希は、以前のように柿谷がエラーで昏倒するような事は心配していなかったが、ただそれでもあの天秤に敵うだけの経験も能力も、魔法も無いと言う現実だけはしっかりと受け止めていた。
そしてそれは柿谷も同じだった。真希の言葉受け、無言で固唾を飲み歩みを続ける。
しかし、ここで一つ大きな問題に直面した。
そもそも真希達魔法商女の請け負う仕事は会社同士の内密な交渉であったり、取引であったりと言った企業における機密事項で、その防御の厳重さは真希本人も知るところだった。
つまり、盛際商社に辿り着いたは良いが、間宮が現れるであろう会議の場へは侵入することが出来ないのだ。
「真希さん……部長に電話して話を付けてもらうしか……」
「……いえ、それでは早くても明日。今この時に間宮さんが現れてしまったら、もう足取りを追うことは出来なくなってしまう……」
当然と言えば当然ながら、八方塞がりの現状を打開する策を二人“は”持ち合わせていなかった。
「あれ……? もしかして、円先輩ですか……?」